25話 異世界従業員(1)
「ようこそ、いらっしゃいました! ようこそ、いらっしゃいました! ようこそ、いらっしゃいました!」
職員用の部屋で何度も「ようこそ、いらっしゃいました」を復唱している者がいる。
「ああ、それだと元気なだけね。もっと、お客様が気持ちよくすごせることを意識してね」
息吹がそうレクチャーする。
「はい! ようこそ、いらっしゃい、ました……」
指導を受けているのは「森さと」が新たに採用した職員だ。
猫の獣人であるフレイア、十九歳の女性だ。
もともとは冒険者として生きていたが、その時に泊まった「森さと」に感動した――というのが志望動機である。
もともと、「森さと」としても異世界から人を雇わないと人数が足りなくなってきていた。
理由は移動に日数がかかりすぎるためだ。
たとえば、王都に行って仕事を行ったりすれば一週間は戻ってこないことになる。となると、その間、ぽっかりそのスタッフがいなくなる。
かつての「森さと」も仕事で都内に出るようなことはあった。たとえば、接客術の講演会だとか。それでも、そんな会は日帰りで戻ってくることができた。
打開策は従業員の人数を増やすしかない。
そこで、王都など何箇所かで従業員募集の告知を行った。
ただし採用試験は「森さと」でやるというなかなか強気なものだ。もちろん、不採用でも旅費は出すということにしていたが。
採用したあとに山のほうだから嫌だと言われたりすると困ってしまう。地の利が悪くても、わざわざ来ようと思う人でなければ、この仕事はできない。
それで最初に来たのがフレイアだったというわけだ。
「おもてなし精神に私は感動しました! ぜひ、私もここで働いてみたいなと!」
面接の時、フレイアは緊張していたのか、尻尾がぴんと立っていた。
そして、無事に採用されたフレイアは現在、あいさつの練習をさせられているのだ。
「いい? お客様にごく自然にあいさつをしたり、おじぎをしたりということができないといけないからね。そういうことができないと、おもてなしをする余裕も生まれないから」
「はい、わかりましたニャ……」
フレイアはまだかなり緊張しているようだった。
「さてと、ずっとあいさつの練習をしてもノドが渇くし、お茶の時間にしましょうか」
「休憩ですニャ?」
フレイアがわかりやすく目を輝かせる。
「ケーキも出すわ」
「最高ですニャ!」
「とはいっても、もちろん、何もなしに食べられるわけじゃないわよ」
ふふふと、息吹が笑う。
「食べたものがどんな名前でどんな味で、どんな特徴があるか、ちゃんと勉強してね。はい、ノート」
分厚いノートがフレイアに渡される。
「お客様に質問をされた時に何も答えられないようじゃダメだからね。すべては勉強なのよ」
「た、大変ですニャ…………」
そのあと、フレイアは人生で初めて食べる抹茶味のロールケーキの味を、自分の言葉で必死に表現することになった。
「苦いニャ、でも甘くもあるニャ……。これはいったいどっちが正しいのニャ……?」
「そうよ、知識も大事だけど、あくまでも自分の舌でお客様に伝えることも大事なの。大半のお客様も初めて食べる味だからね」
ケーキだけでなく、しばらくフレイアはいろんなものを食べて、言葉にするという作業を繰り返し繰り返しやらされた。
「森さと」の文化に慣れてない異世界人にとっては、慣れること自体が仕事なのだ。
この学習そのものが、客をもてなすために必要な要素だ。そういう意味で、新人時代が一番大変かもしれない。
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こうしたフレイアの疲れを癒してくれるのは、やはり温泉である。
「森さと」が誇る大浴場だ。
ただ、客人の入浴時間と重なってはいけないので、使えるのは深夜か客人が全員チェックアウトしている昼だ。もちろん、休憩時間と重ならないとダメだが。
その日の昼もフレイアは大浴場でひと息ついていた。
「あ~、温泉は本当にいいニャ~」
温泉に入れば、また明日からしっかりやろうという気にもなる。いや、今日の労働もまだまだあるので、しっかりやらないといけないのだが。
「お仕事の調子はどうですか~?」
そこに葵も入ってきた。
「あっ、葵先輩ですニャ!」
葵はフレイアから見ると経営者の娘なので、お姫様みたいなものである。
「そんなにかしこまらないでくださいよ。私だって、半人前なんですから」
その後、二人で湯船につかることになった。
「勉強することが多くてまだまだですニャ。昨日も料理について質問されて、すぐに答えることができなかったですニャ……」
「それでどうしたんですか?」
「広兼さんに聞きに行って、答えましたニャ……。でも、まさに自分が未熟であることがお客様に露呈してしまった形ですニャ……」
「なるほど、なるほど」
うんうんとあいづちを打ちながら聞く葵。
「まだまだおもてなしの道は長く険しいですニャ……」
「そうかなあ、おもてなし、ちゃんとできてると思いますけどね」
「えっ? なんで、そういうことになるのですニャ?」
フレイアはきょとんとした顔になった。




