24話 怪しい少年客(3)
「宿屋の息子さん……」
それで葵も合点がいった。
「つまり、商売敵の調査をしようとしたってことですかね? まあ、地域が全然違うなら、この場合商売敵には当たらない気もしますけど」
「僕、王都の宿屋の息子なんです……」
「待ってください。その話、長くなりますか?」
葵が制した。
「えっ?」
「ごはんの途中に中断してしまうと、入らなくなりますよ。まず、食事をすませてから話をすることにしましょう!」
客人の料理をこちらの都合で止めるなんてことは絶対にしてはならないのだ。
最後にデザートと、さっきの食べかけのケーキを前にして、少年は話し出した。
「僕、王都の宿屋の息子で、名前も本当はギル・エントラスと言います」
「ああ、やっぱり偽名だったんですね」
父親の勘のよさに葵は驚いた。
「王都って、宿屋も多いですよね。それで、うちの宿も経営に苦労してるんです」
ふんふんと葵はあいづちを打つ。
「宿によっては安くしてお客さんを獲得してるところもあります。でも、うちは部屋数もそんなに多くないから、そういう戦術もとれないんです」
「そうですね。そうなると、客単価が高くても入ってもらえる工夫がいりますね」
「それで、一人金貨三枚でも好評を得てる「森さと」に行けば何かわかるんじゃないかなと思って……泊まることにしました……」
聞いてしまえば単純な話だが、少年にとっては大冒険だっただろう。
「それで、調査に来たってわけですね。なるほど、なるほど」
「ごめんなさい……。許してください……」
デザートには手をつけないまま、ぺこぺこ少年は頭を下げる。
「いえ、許すも何も、お客様、悪いことは一切してませんよ」
料理をメモするのも、庭園を歩くのも、違法じゃない。
「宿屋は一つずつ千差万別ですから、はっきりした答えはないですけど、意識の問題だけで改善できるところもありますからね。それでよければ私がお話しできますけど」
「ぜひ、お願いします!」
少年は葵の手をぎゅっとつかんだ。
まさに、わらにもすがる思いという感じだ。
「はい! 任せてください!」
こうして、少年へのレクチャーがはじまった。
「では、エントラスさん、宿で一番重要な点は何でしょう?」
「部屋がきれいなこと?」
「ま~、それもそうなんですけど、さらに根本的なことです。ずばり、接客です!」
少年は律儀にメモをとる。
「お客様のことを考えた丁寧な接客を意識すれば宿屋の室は必ず向上します。お部屋だって、お客様がくつろげるようにと考えれば自然と清潔にするはずですよね」
「うんうん」
「逆に部屋がきれいだけど、応対が横柄でお客様がいらいらしたら、次も泊まろうとは思えないはずです」
「あ、たしかに!」
「なので、接客が第一なんです! これは別にお金をかけなくても心がけ次第ですぐに変えられます! そのうえで、まだまだ変更を加えたいなら、少しずつお金をかけてバージョンアップしていきましょう! ――とはいえ、どうしても抽象的になってしまいますね……」
そこで一つ、いい案を思いついた。
「そうだ! 高柳さんにお願いしてみましょう!」
「タカヤナギさん?」
「王都の観光案内所に勤めている「森さと」にも詳しい方です。その方に実際に宿に泊まってもらって、問題点を報告してもらうんです」
「審査するんだね。なるほど、なるほど」
「こういうのは実践が大事ですからね。いいですか、接客ですよ。たしかに温泉だとか、料理だとかが変わっていれば目立ちはしますけど、それはやっぱり副次的なことですからね」
「あの、料理のことも聞きたいんだけど……」
たしかに、せっかくだから、少年はいろんなことが知りたいだろう。その気持ちはわかる。
「そうですねえ、でも、「森さと」にしかない調味料とかも多いし、調理法を間違うとよくないものもありますし……まあ、広兼さんに聞いてみますか」
葵は少年を連れて、広兼のところに行った。時間的に客人への料理はだいたい終わっているはずだ。
「はぁ、料理なあ。けど、俺もこれでもそれなりに長い間、包丁握ってやってきたからな、レシピだけ教えてどうにかできるってもんじゃねえんだぜ」
「そこはわかっています! でも、どうか! よろしくお願いします!」
「そうさなあ、王国の食材だけでできるおいしい料理なあ……」
広兼の表情が少し明るくなる。
何か妙案が浮かんだらしい。
「じゃあ、ハンバーグにするか。これなら王都でも問題なくできる。おいしいハンバーグの作り方だ」
このあと、広兼直伝のとことん美味いハンバーグの作り方を少年は学んだ。もちろん、メモもとったわけだが。
試しに少年が作ったハンバーグもそれなりにいい味を出していた。
「うん! この味が真似できればハンバーグが美味い宿として有名になるよ!」
少年も自分で食べてみて納得したらしい。
「それはよかったです!」
葵がまた屈託ない笑顔を浮かべた。
その顔を見て、ついつい赤くなる少年だった。
◇
「本当にありがとう! しっかり宿屋を再建するよ!」
翌日、ぶんぶんと手を振って、少年は王都のほうへと歩いていった。
「はーい! 接客第一ですよ! 接客第一!」
葵も手を振り返す。
こうして不思議な来客は満足して帰っていったのだった。
次回ぐらいから更新頻度を少し遅くします。




