23話 怪しい少年客(2)
「一人旅って大変ですね。私だったら、なかなかふんぎりつかないですよ」
葵は話を振ってみることにした。
「あっ、ああ……これぐらいは慣れてますから大丈夫です……。親戚の家に寄るだけだから……」
(たしかに、なんか態度が変ですね)
とにかく何か隠しているように感じる。
日本時代にも訳ありのお客様はいた。
不倫カップルらしい男女とか、逃避行中の二人とか。
もちろん、そういう相手に根掘り葉掘り聞くのは論外だ。それは自分の娯楽として客を使ってるだけなので、宿側としては最悪のことである。
しかし、一方で、客が困っているなら、その力になるべきでもあるのだ。
(この子、何者なんだろう?)
庭の見学はおおかた終わった。
「このあとはどうされます? お風呂に入られますか?」
接客用スマイルで葵は応対する。
「ええと、カフェがあるんだよね?」
「はい、ございますよ」
「じゃあ、そこを使いたい」
「では、ご案内いたしますね」
あまり、子供がカフェラウンジを使うことはないのだけど、もしかして貴族の子供なのだろうか。
でも、服装はこぎれいだけれど、貴族のものという感じもない。
ミドラ・ルイン少年はやたらと熱心にメニュー表を眺めていた。
それだけどれにするか悩んでいるのだろうか。
しかし、どうも熱心に記憶しようとしているように葵には見えた。
(う~ん、メモをとりたいけど、メモをとるわけにはいかないから覚えなきゃいけない、そんな気がしますね)
「あの、ケーキセットと、それとケーキを単品でこれとこれも!」
「三つもお召し上がりになるんですか!? あの、余計なお世話かもしれませんが、お食事が入らなくなっちゃうかもしれませんよ……」
「いや、食べる! 食べないとわからないから!」
「わからない?」
「あっ……ほら、食べないとどんな味のものかわからないし……」
たしかに、何か変なところがあるなと思いつつ、葵はケーキを三つ持ってきた。
少年は少しずつケーキを食べていて、まるで試食しているみたいだった。
(まあ、順番に食べたら最後のがおなかふくれておいしく食べられないでしょうけど、ひっかかると言えばひっかかりますよね)
「あの、お姉さん、これ、もったいないから残りは夕飯のあとに食べられるようにできないかな?」
「わかりました。じゃあ、お皿ごと、お部屋に持っていってしまいますね」
部屋にお皿を運ぶと、そわそわしながら少年が言った。
「ごめん、ちょっと書き物をしたいから、しばらく一人にしてくれる?」
「わかりました。では、ごはんの時間までは入りませんね。あと、その時もノックいたしますので」
「あっ、10分もかからないとは思うから……」
いろいろと怪しいが、これ以上は一緒にいられないので葵は食事の時間を待った。
食事の時間も少年は挙動不審だった。
というより、真剣だった。
料理一皿一皿に試験官みたいなまなざしを注いでいる。
(何なのかな……。以前に料理に虫でも入ってたのかな……)
そのうち、注意でもされるんじゃないかと葵も少しびくびくした。
ちなみにコースは異世界の舌にもそれなりに対応している「アリマー山脈の幸」コースだ。
食材の多くにアリマー山脈のあたりでとれたものを使っている。
もっとも、質問は多かったが、注意はされなかった。
「これは、どういう料理ですか?」
「こっちは?」
「食材は何?」
とにかくいろんなことがミドラ・ルイン少年は気になるらしい。
葵も料理の内容は見事に覚えているので、すらすらと答えて、ちょっと得意になっていたが――
(ちょっと興味持ちすぎかなあ……)
それと、少年の横に小さなノートが置いてあるのだ。
あれが例の書き物ノートなのだろうか。
でも、食事中に横に置かなくてもいいのにと思う。
あと、料理を持ってくる時に、葵が部屋を離れるたびにそのノートが微妙に移動しているのだ。
現在進行形で何か書いている可能性が高い。
(もしや……)
ちょっと、葵は確かめてみようと思った。
「では、次の料理をお持ちしますね」
葵は襖を閉めて、部屋を出たふりをして、襖の前で止まった。
すると、少年は案の定ノートを開いた。そして、急いで何か書きとめている。
「ええと……この料理は、味付けにこういう調味料を使ってて、素材は……」
やはり、ただの客ではない。
少し、やりすぎだとは思うが、葵は思い切った行動に出ることにした。
襖を勢いよく開けた。
「すいません、お客様、うかがってよろしいでしょうか?」
「うわあああああ!!!」
少年が悲鳴をあげた。
「もしかして、お客様、国の調査委員か何かではないですか? 熱心に何か書かれているようですので。当然、だからといってしっかりと接客はするつもりですが、どうも気になってしまって……」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
なぜか謝罪をする少年。
「あの……謝る要素はないと思うのですが……」
むしろ、葵のほうが問題行動をしている。
「僕、宿屋の息子なんです! それで、「森さと」の人気の秘密を調べようと思ったんです!」




