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セルフィリア王国最高の宿屋、旅館「森さと」   作者: 森田季節
森のヌシと旅館編

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23/28

22話 怪しい少年客(1)

 その日、「森さと」に早くから一人の少年が泊まりに来た。

 年齢はおそらく十二歳ぐらいだろう。


「お一人様ですね。では、こちらにお名前をご記入ください」


 支配人の一成が丁寧に応じる。当然、子供だからって子供扱いしてはならない。それは客を侮ることと同じだからだ。


 ミドラ・ルイン。

 そう、少年は記入した。


「では、こちらへご案内しますね」

 女将の息吹が応対して、部屋に連れていった。


 その間に、一成は近くにいた葵に声をかける。


「なあ、葵」

「はい、何でしょう」

「さっきのお子さんなんだが、一応、気をつけておいてくれ。もしかすると泥棒をするかもしれない」

「まあ、「森さと」の備品は高く売れそうですからね」


 たとえば、床の間の壺や掛け軸だ。この世界だと、極めて貴重な美術品として高額で売れる可能性がある。


 ほかにもロビーや廊下にも絵画などを飾っていたりする。日本でとてつもなく高価だったというほどのものではないが、それでも大切な宿の備品である。


「やっぱり泥棒を働く人はいますからね~」


 葵は「森さと」の異世界オープンの少し前のことを思い出す。


 いきなり、宿をやるのはいろいろと冒険なので、王都に行って許可を得たり、この世界のことに詳しい人に聞いたりなどした。


 その一貫で、優秀な魔法使いをギルドで雇って、問題がないか見てもらった。

 魔法という概念がある世界で、この宿でOKなのか知りたかったのだ。

 ネフラという女の魔法使いだった。


「あ~、そっか、そっか。これはよろしくないかもですね」

 この魔法使いはちょっと軽い感じだったが、つとめはちゃんと果たしてくれた。

「この宿、金目のものが多すぎますよ。各部屋に骨董品置いてるじゃないですか」


「そうですね、床の間というのは我々にとっては落ち着く部屋を構成する要素の一つですので」

 一成がそう説明した。

「そうはいっても、多くの人間にとったら金になりそうなものと認識されちゃいますよ。そう思われるだけならいいですけど盗む人もいますよ」


「そ、そういうものですか……?」

 壺や絵が盗まれたことなど日本ではほぼなかった。


「そりゃ、善人は大丈夫でしょうけど、ここは街道ですからね。王都にいられなくなって、山を越えて逃げて来る人も中にはいますよ~。それにここの宿が評判になれば、それは泥棒たちの情報網にももちろん引っかかりますからね」

「なるほど……」


 たしかに日本なら警察を呼べばよかったが、異世界だとそれも難しい。


「とはいえ、対策は取れますよ。この敷地全体に魔力結界を張りましょう。それで高価な品がその結界の外に出ないようにしておけば問題はないですよ~」

「たしかに」


 その魔法をネフラにかけてもらった、

 また、防犯用のマジックアイテムも教えてもらった。


 これは利用すると、各地のギルドにSOSを発信するものらしい。

 強盗などが来ると、宿屋はこれで非常事態を知らせるという。


「そういえば、宿屋にものすごくレベル高い冒険者が泊まって、よからぬことを企んだらどうするんだろうと思っていましたが、そういう対策があるんですね」


「といっても、高位の冒険者なら普通にお金稼いだほうが早いからそんなこともしないですけどね。ただ、冒険者崩れみたいな人は一定数いるので、そういうのは気をつけたほうがいいです」


 とはいえ、街道や都市の宿屋を襲うと、国の風紀を大きく損なったとして、かなり重い罰になるので、実行する者はほぼいないそうだ。


 そういう犯罪者が横行すると、宿屋という職業自体が成立しなくなり、民の移動に深刻な影響が出るからだ。なので、王国としても絶対に許さないらしい。


 結局、基本的な防犯システムは整えてから「森さと」はオープンした。


 今のところ、盗難などの犯罪も起きてはいないが、これからも何も起きないと決まったわけではない。

 最低限の防犯意識は「森さと」も備えているのだ。


「でも、ちょろっと見ただけですけど、身なりはそれなりにきれいでしたよ。お金に困ってるようには感じませんでした」


「そうだね。でも、どうも挙動が不自然だった。もちろん、落ち着かないだけかもしれないし、子供の一人旅だ。落ち着かないほうが普通かもしれない。でも――」


 一成は断言するように言った。


「長年の勘でなぜかわかってしまうんだ。泥棒とは違うとしても、あの子は何か事情を抱えている。そもそも、名前を書く時に、明らかに間があった。あれは偽名を書いたな」


「すごい! お父さん、探偵みたいです!」


「もし、力になれそうならなってあげなさい」


「はい、わかりました!」


 ――とは言ったものの、どう力になればいいのか、なかなか難しいぞと思う葵だった。


 ひとまず、夕食でも出そうか。

 その時に何かわかるかもしれない。


 だが、早速、その子供、ミドラ・ルインはロビーのほうに降りてきた。


 こんなにすぐに会う機会があるとは葵も思わなかった。


「あっ、お風呂ですか?」


「ううん、ちょっとこのへんを歩いてまわりたいんです。たしか、お庭を歩けるんですよね?」

「はい、ご案内いたします!」


 庭を歩いている感じだと、とくに葵はおかしなところは感じなかった。


(たしかにきょろきょろとはしてるけど、日本庭園が珍しいのは当たり前ですしね)


「あの、お姉さん、質問していいですか?」


「はい、どうぞ」


「このお庭はいつ頃からあるんですか? もし作ろうとしたらどれぐらいのお金がかかりますか?」


「え……。そうですね……かなり伝統のあるものだから、今作るといくらになるかはよくわからないですね……」


「あ、なるほど……。わかりました、ありがとうございます」


 たしかに、何か変なこと聞くなあ。

 そう葵も思った。

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