17話 森のヌシと旅館(2)
当初の計画より人メインで書く話になったので、それに対応してあらすじとタイトルを変更しました。ご了承ください。
「なあ、ウサギさん、もふもふしていいか?」
広兼がウサギに聞いた。
「ダメに決まっておるじゃろうが……。うう、邪気のない目だが、それが余計に怖いぞ……。ていうか森のヌシなんだからもふもふなんてしようと思うな……」
森のヌシが若干引いていた。
「いよいよよくわからん奴らじゃな。ちょっと説明を一からしたほうがよさそうじゃな……」
森のヌシに向き合うように広兼と葵も座った。
ヌシの話だと、このあたりの山は自分の縄張りだということらしい。600年前に集落に住んでいる人間と領土の画定を行ったという。
なお、ヌシというのはこの世界に唯一無二の存在というわけではなく、周辺の山や森だけでも何人かいるらしい。
「――というわけで、ここに来る途中、樫の大木があったかと思うが、その木より先はこちらの土地なのじゃ。通過するぐらいならよいが、植物の採集となると困る」
樫の大木はかなり手前にあった。
これでは収穫できるものも大幅に減ってしまう。
「う~ん、でも、600年ですよね……。それって平安時代と江戸時代ぐらい離れてるわけで……ほぼ無効なんじゃ……。実際、王国も関知してないようですし……」
セルフィリア王国が成立して、まだ300年ほどなので、王国もヌシがどこにいるかなんて把握してなかった。
「王国から山の使用権を手にしたとしても、我は聞いておらん。我と契約を定めなおしてもらわんといかんな」
広兼は腕組みをして考えこんでいる。
そもそも、広兼の独断で決められないことが含まれているからしょうがないのかもしれない。
こんな時、葵のほうがフットワークが軽い。
「あの、ヌシさん。ヌシさんはやっぱりウサギが食べるようなものしか食べないんですか?」
「おぬし、我を獣だと思っておちょくっておるの。普段はウサギの姿をしておるが、人の姿になることもできる。人が食べるものはたいてい食べることができるぞ。基本的に植物のほうがおいしいとは感じるがの」
「それなら、かえって好都合です」
葵は広兼のほうに顔を向けた。
「広兼さん、ヌシさんを「森さと」のお食事に招待いたしましょう!」
「えっ? お嬢、どういうことだ?」
「この森でとれた素晴らしい食材を使ったおいしい料理を食べてもらえれば、ヌシさんも納得してくれると思うんです!」
「いや、納得するかどうかは我が決めることじゃぞ……」
「ヌシさん」
ぺこりと頭を下げる葵。
「私たちは決して森の食材をとり尽くしたりなんてしません。食材を使わせてください!」
真っ向勝負でこう言われるとヌシもむげに断りづらい。
「むぅ……わかった、おぬしたちが我を歓待してくれるというなら、我の縄張りを使うことも考えてやらんでもないわ」
「ありがとうございます!」
「料理で話が通じるなら、俺としても気楽だな。ところで、嫌いなものや好きなものがあれば先に教えてくれるとありがたいんだが」
広兼ももうやる気になってきたらしい。
「植物を料理したものであれば、どんなものでも大丈夫じゃ。味付けも人間のものでよい」
こうして、森のヌシをもてなすことで話がついたのだった。
「ちなみにいついらっしゃいます?」
「おぬしらっは暇な時間はあるのか?」
「正午のあたりが時間をとりやすくはある」
「森さと」では昼もカフェスペースなどは空けているが、本格的にランチを出してはいない。「森さと」は日本にあった時代から、温泉旅館だったので、都市部のホテルのようなランチを目的に来る客層がほぼいなかったのだ。
「では、明日の昼に行こう」
「大きなウサギさんがランチに来るのか。それは胸が熱くなるな……」
コワモテ顔のまま、広兼はテンションを上げていた。
「広兼さん、今度ぬいぐるみでもプレゼントしましょうか……?」
「お嬢、うれしいがそれは辞退する。かわいいものの好みも人によってちょっとずつ違うからな。ほかの人間から見ると、微妙だったということもある」
「広兼さん、ガチなんですね……」
「森さと」に戻った葵は従業員たちに明日の昼にウサギがやってくるが、大切なお客様だということを伝えた。
女将の息吹は、
「ウサギさんがお客として来るだなんて、やっぱり異世界なのね」
と、楽しそうに笑った。
「ニンジンのスティックをたくさん作っておかないとダメね」
「いや、それは普通の人間の食事で大丈夫らしいよ」
◇
そして、翌日の昼前。
特徴的な客人が宿にやってきた。
見た目は二十歳ほどの女性なのだが、ウサギの耳がぴんと立っている。
「広兼と葵という人間にここに来るように言われたものじゃ」
「ようこそ、お待ちしておりました」
そう女将の息吹が対応している間に、掃除中の葵があわててやってきた。
「あれっ!? 人間の姿をしてる!」
「ウサギの姿で人間の作った人間用の料理を食べるのは不自然じゃろう? 森のヌシを甘くみてもらっては困るぞ」
「それでは、ご案内します!」
葵はその日、予約の入っていない新館の一室にヌシを案内した。
そこは広い洋室で、食事用にテーブルクロスを敷いたテーブルが用意されている。
「なるほど、見た目は少なくとも、しっかりしているようじゃな」
「広兼さんが料理を運んできますから、それまで待っていてくださいね」
しばらくすると、シェフ姿の広兼がやってきた。
ただ、人の姿になっているヌシを見て、ちょっと残念そうな顔をした。
「ウサギさんじゃないのか……」
「若い女の姿なんじゃから、そんなに悲しそうな顔にならんでもええじゃろ!」
デレデレされても困るが、残念な顔も心外なヌシだった。
「まあ、よい。我を満足させられるだけのものを早く持ってくるのじゃ」
「ああ、まず一品目はサラダだ」
見た目はきれいに整えれたサラダだ。
「なるほど、王都でこういうものは食べたことがあるな」
「このあたりでこういう料理を出す店があるのか?」
「いや、人の姿で王都に旅に出ることもある。森の中にずっといると退屈じゃからな」
けっこうヌシはアクティブなんだろうかと広兼も葵も思った。
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