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セルフィリア王国最高の宿屋、旅館「森さと」   作者: 森田季節
森のヌシと旅館編

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17/28

16話 森のヌシと旅館(1)

今回から新編突入です!

 その日、葵は早朝から料理長の広兼ひろかねとアリマー山脈の山道を歩いていた。


「いや~、なかなか険しいですね……」


 道といっても限りなく獣道、いや獣すら歩いていないかもしれない。


「そのうち慣れるさ。けど、危ないと思うなら、お嬢は帰ったほうがいいかもな」


「まだ帰りません! 広兼さんが異世界の山や森でどんな食材をとっているか知りたいんです!」


 広兼は46歳、ちょっとコワモテで時々、非合法組織の人間だと間違われることがあった。


 口数は寡黙で、めったに笑わないが、料理に関する探究心は人一倍強かった。


「森さと」は日本にあった時代から料理でも高い評価を得ていたが、それは広兼が様々な料理にどんどん挑戦して幅を広げていたからというのもある。


 当時の彼の言葉にこんなものがある。

 ――広兼って、広く兼ねるって書くだろ。それで和食一筋っていうのは名前負けな気がするんだ。だから、なんだって試したいのさ。


 おかげでフレンチやイタリアン、中華、インド風カレーにまで挑戦してきた。


 そんな彼にとって、このファンタジー世界というところは、料理人としてのフロンティアを広げるうってつけの場所だった。


 なお、食材自体は日本で使っていたものが冷蔵庫や棚になぜか復活しているので、日本時代に出していた料理は問題なく提供できた。


 そのため、「森さと」が異世界に転移してから最初のうちはその食材を使って、異世界の人の舌に合うような料理を出すことに専念すればよかった。


 というか、広兼をもってしても異世界の生活に慣れるのは大変であり、外側に目を向ける余裕がなかったのだ。


 逆に言えば、余裕が出てきたらどうなるか。


 森や山に食材を調達に出かけるのだ。


 料理人にとって食材とはまさに選択肢だ。

 選択肢が多ければ、それだけ料理の幅が広がる。


 森の中に広兼は分け入っていく。背中に背負っている大きなカゴは食材を持って帰るものだ。なお、葵も小さなカゴを背負っている。


 広兼は木の枝を手で押さえながら進む。


 葵もちょこちょことそこについていく。


「お嬢、大丈夫か? ついてこれてるか?」


 広兼にとって、葵は娘みたいなものだ。ずっと成長を見てきたせいもある。


「はい! これぐらい、へっちゃらです。あっ!」


 葵が地面に目を向ける。


「ピンクのキノコを発見しました!」


「お嬢、それは毒だ」


 ピンクと聞いた時点で、広兼にはすぐわかったらしい。


「じゃあ、ダメですね。ちなみに広兼さんは毒かどうかなんて、どこで学んだんですか?」


「山のふもとにはちょっとした集落があるだろ。そこに行って詳しい人に聞いたんだ。といっても、一人にだけ聞いて間違いがあると困るから、何人にも聞いた。もちろん、自分でも試した」


 周辺の勢力とも仲良くやらなければ宿屋などできない。幸い、いきなり略奪されるなんてことはないので、「森さと」はやっていけている。


 ほかにも、魔法を使った防犯システムなども魔法使いを呼んで付与している。とくに、「森さと」の備品は珍しいので、盗難の恐れがあるためだ。


「あ~、そういえば村がありますね。それにしても広兼さんは、やっぱり働き者です」


「お嬢だってよく働いてるさ。賭けてもいいが、お嬢の接客のおかげでリピーターになったお客さんは日本時代からけっこういたはずだぜ」


「へへへ~、照れますね~。おっとっと……」


 手で頭をかいてたら、そのせいでバランスを崩しかけた。


「ところで、この森の食べ物は勝手に取っていいんですか?」


「入山許可証は王国から発行してもらってる。集落の人間もここまでは来ないから問題ないらしい」


 セルフィリア王国としても、「森さと」を街道振興策の一貫として重要視しており、それなりの便宜をはかってくれていた。


「さて、そろそろ見つかりそうだな、おっと、あった、あった」


 広兼がかがむ。葵も続いた。


「これはニンニクの仲間だ。日本のものと比べるとにおいがきつくない。とりあえず、アリマーニンニクと呼んでいる」


「へ~、こんなところに生えてるんですね」


「あと、そちらに生えている黒っぽいキノコは地元でヌメリガサと呼ばれてるキノコだ。調理するとぬめりが出るくせに、噛みごたえもある。かなり使い勝手があるな」


「あ~、これならここに来る前にも何度か見た気がしますよ」


「あれはまだ小さかったからな。食感を楽しむには大きくなっているもののほうがいいんだ」


 こうして食材集めは順調に進んだ。

 収穫した食材は広兼の背負っているカゴに入れていく。


「たとえば和食なら日本でとれたものを使うほうが味がなじむ。それはフレンチでも中華でも同じなんだ。本来、どこだって地の物だけでそこの料理はできてたはずだからな」


「だから、異世界の食材で異世界用の料理を作るというわけですね」


「そういうことだな」


 小一時間もすると広兼のカゴも、葵が持ってきた小さなカゴもいっぱいになった。


 ――と、がさごそと木々が動いた。


 そこから顔を出したのは、人間の子供ほどもあるような極端に大柄のウサギだった。


 しかも、頭に大きな角が生えてもいる。


「うわ、大きい! あっ、これって人間に襲いかかる種でしたっけ……?」


 葵はびくりとした。

 アルミラージという角の生えたウサギがこの世界にはいるはずなのだ。

 モンスターという扱いではないらしいが、その角で突かれるとケガをする恐れはある。

 肉食ではないから人間を襲うことはほぼないし、あくまで角も護身用のものではあるらしいが。


「も、もしかして、餌場を荒らされて怒っていたりします?」


「餌場はたしかに荒らされてはいるのう。だが、あまり見ぬ者たちなので、どうも悪意があるわけでもないようで、判断に困っておった」


「今、広兼さん、しゃべりました?」


「お嬢、俺はあんな声は出さねえぜ」


 だとすると――


「えええっ! このウサギがしゃべったんですか!?」


 ウサギはこくりとうなずいた。


「やはり、おぬしらは邪気というものがないの。だとすると、ここが森のヌシの領域ということも知らんかったのじゃな」


 淡々とウサギは説明した。


「まあ、やむをえんか。集落の人間と掟を定めたのも、600年も前のこと。もう、今の連中は誰も覚えてなどおらんのじゃろう」


「あんたがその森のヌシなんですかい?」


 広兼が少し身構えながら尋ねた。


 またウサギがうなずく。


「いかにも。我こそこのあたりの森を支配しておるヌシじゃ。精霊みたいなものと思ってもらえば、そう間違ってはおらん」


 呆然としながら、広兼がつぶやいた。


「…………か、かわいいな」


「えっ?」

 葵がきょとんとした。

 広兼はどちらかというとコワモテでかわいいとか言いそうにまったくなかったのだ。


「お嬢、俺、実はかわいいものが大好きなんだ。ウサギさんがしゃべってる! すげえ! 超かわええ!」


 葵はしゃべるウサギだけでなく広兼の趣味にも驚くことになった。


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