15話 冒険者パーティー、旅館に泊まる(4)
「じゃあ、せっかくだし、一曲ずつ歌おうぜ。嫌ならパスでいいけどよ」
いい気分のグロスは早速好きな王都の曲を入力していく。
酔っているし、音程はずれているが、少なくとも本人は楽しそうだった。
「私、普段、人前で歌うなんてないんだけどな……」
レアナも曲を入れた。
それは「セイレーンの歌」という主に海辺で歌われている曲だ。
その歌の実力はかなりのもので、パーティー全員が聞き入っていた。
「レアナってこんなに歌が上手かったのか……」
レントはパーティーの知らないことを発見して意外な顔をしていた。
「私、魔物使いだから。歌で命令を伝えることだってあるからね。歌はある程度上手でないといけないのよ。主力のバジリスクには使わないからあまり関係ないんだけど」
レントとマーセルも、それぞれ歌を入れた。
とはいえ、カラオケ文化などは知らないし、そんなに得意な歌があるわけでもないので、子供時代、祭りでよく歌ったような歌にした。
マーセルも最初はみんなが歌っているからなかばやむなく歌っている感じだったが、マイクで声が大きくなっているのが面白くて、最終的にはなかなかいい気分で歌えた。
そして、歌っているうちに、みんな、アルコールがちょっとずつ回ってきて、いい気持ちになった。
だが、その中で逆に酔いが醒めてきた男がいた。
グロスだった。
「じゃあ、次は俺の番だな」
自身、3曲目にあたる曲を入力した。
その曲の歌詞が画面に表示される。「ありがとう、ありがとう」と文字が書いてあった。
しかし――
「ごめんな~、ごめんな~、悪かったな~」
グロスの歌は歌詞とは違っていた。
パーティーも何か空気が違うことに気づいた。
そのまま、メロディーを無視して、グロスはマイクに向かってしゃべる。
「マーセル、悪かった。俺もしょうがないってことはわかってた。同時に治癒魔法をかけることはできないからな。ただ、単純に悔しかった。自分が戦力の二番手ですってはっきり言われてる気がしてな……」
グロスも不思議だったのだが、なぜかこのマイクというものを通してだと、本音が簡単に口に出せるのだ。
微妙に自分の声とは違う声で、相手に届けているような気がするからだろうか。
マーセルはもう一本マイクがあることに気づくと、すぐにそれを取って、マイクをオンにした。
「別に二番手だなんて思ってないです。防御力の高いサソリや亀みたいなモンスター相手ならグロスさんの打撃力が必要だし。あの時は、それが攻撃魔法を使えるレントさんだったってだけです。でも……また似た局面だったら僕はレントに治癒魔法を先にかけてしまうと思う……」
マーセルもマイクを使ってならグロスに向かい合える気がした。
そのまま続ける。
「治癒師のパーティーでの最重要の使命は死者を出さないことです。だけど、それは言い換えれば死者が出るリスクを避けるための行動をとることでもあるんです。二人死ぬ危険を一人死ぬ危険に変えられるなら、僕はそれをやるしかない。それが僕の存在意義だから……」
「わかってる。さっきは熱くなって悪かった……」
グロスは頭を下げた。
「こちらこそ」
マーセルも頭を下げる。
それで話はついた。
日本でも告白を曲に合わせてする人間がいるが、なぜかマイクを持って、なおかつ歌に合わせてだと、話すハードルが下がるのだ。
内容が歌詞の一部みたいなものになるからだろうか
とにかく、パーティー内でのぎくしゃくはそれで解消された。
「じゃあ、男三人で風呂にもう一度入るか」
「それはいいけど、のぞくのはナシね」
レアナの言葉にみんな笑った。
◇
風呂に入ったあと、パーティーは就寝のため、布団に入った。
布団は、カラオケルームに入ってる間に敷かれていた。バスタオルなどを取りに部屋に戻った時に気づいた。
仕組みはわからないが、ボタンを押すと部屋の明かりが消える。
なんらかの魔法を使っているんだろうと一行は解釈した。
「大部屋で雑魚寝したことなら何度でもありますけど、それとはまた違う空気ですね」
マーセルがつぶやいた。
「実は俺もなんだ、マーセル。不思議と、気分が落ち着くんだ」
レントもそう答えた。
「実家に帰ってきたみたいな気持ちっていうのかな。理由はよくわからないんだけど」
「そうだな。俺もこのパーティーになった時のことを思い出してた」
グロスも言う。
あの頃はみんな未熟でちょっとしたモンスターと戦うのも一苦労で、挙句、依頼が未達成で罰金を払っていた。
「装備買い替えるのにお金を貯めるので四苦八苦してたわよね」
レアナも話に参加する。
「剣士だから俺の装備が一番金がかかるから、正直、気をつかってたんだぞ」
「僕も杖はあまり高くないのを選んでました」
「だったら、俺も剣はいい鋼のやつにはなかなかしなかったし。むしろ、リーダーだからこそ、一人だけいいもの買えなかったし……」
「なんか全員しみったれた話ばかりになっちゃったわね」
暗い部屋の中で笑みが漏れた。
二時間近く、そのままパーティーは昔語りをしていた。
布団を並べて寝ると、なぜかいろんな話がしたくなる。
◇
翌日。
息吹が朝の掃除をしているところに、レントがやってきた。
「おはようございます。お早いですね」
「早起きが癖になってるもので。あの、昨日はありがとうございました」
丁寧にレントは礼をした。
「おかげでパーティーの絆がとても深まった気がします」
「いえ、宿屋は絆を深めるなんてことまではできません」
静かに手を横に振って息吹は否定する。
「レント様のパーティーはきっと最初から強い絆を持っていたんですよ。その絆を再確認する場に私たち「森さと」がなった。それだけのことです」
息吹の目はよく澄んでいる。
「私たちは仲が悪い方を結びつけることはいたしません。それは一種の詐欺師です。その方たちの幸せにもつながりません。信頼できる仲間という財産は皆さんがとっくに築いていたものですよ」
「いずれにしろ、ありがとうございます。この宿屋さんはどこか特別ですね」
「ええ、わたくしどもはお客様にとっての特別な宿になれることを願っておりますので」
一泊で金貨三枚というのは、この世界の宿屋の金額からして決して安いものではない。
だからこそ、息吹を含め従業員はそのお金を堂々ともらえるだけの働きをするのだ。
そのパーティーは軽い足取りでアリマー山脈の山道に入っていった。
彼らの姿が見えなくなるまで、息吹は玄関前で頭をじっと下げていた。
最後まで気持ちよく見送るのが、おもてなしなのだ。
あの反応からすると、またアリマー山脈に来た時には「森さと」を使ってくれるだろう。




