14話 冒険者パーティー、旅館に泊まる(3)
部屋に戻ると、女将の息吹が食事の用意をしているところだった。
脚付きの大きな四角いプレートのようなものを出している。
「椅子に座り慣れている方は変な感じがするかもしれませんが、私たちがいた国ではこうやって、床に座って食べるんですよ」
そこで出てきた料理はどれもこれも彼らパーティーが食べたことのないものだった。
解説役に息吹がちゃんとついている。
「それは茶碗蒸しという料理ですね。卵を蒸して、そこに具材を入れています」
「チャワンムシか。まったく聞いたことがないなあ」
レントはとくに怖がりもせずにスプーンでそれをすくった。
冒険者は変化や新しい経験には比較的強い人種だ。でなければ、人跡未踏のダンジョンなど行けるわけがない。
「へえ、こういう味なのか。なかなか面白いな」
一方、グロスは揚げ物に興味を持っていた。
「すごく薄い衣で揚げるフライだな」
「それは天ぷらと言います。そちらは塩を振るか、つゆにつけるかしておめし上がりください」
「テンプラか。どれどれ、まず塩をかけてと――」
口の中にサクサクした食感が広がる。
「おお、まるでチップスみたいな感覚だ! 面白いな!」
また面白いという表現が出た。
そう、食べ慣れてないものを食べる感覚というのは、ある種の面白さがあるのだ。
「この宿の料理長は、何にでもやりこむ癖がありまして、こういう天ぷらになりました。もちろん、魚であるハモの天ぷらはふっくらしておりますが」
「魚? こんな山なのによく魚があったな」
「別に心配ないわよ。フライになってるんだし、これだけ衛生面に気をつけてる宿で当たることなんてないわ」
食あたりに冒険者は気をつかう。ダンジョンでずっと腹を下してしまっていたら、とても戦闘にならないからだ。体を張って戦う仕事だからこそ、体調は整えておかないといけない。
「たしかにそれもそうか。じゃあ、いただくかな」
こちらはたしかにサクふわな食感だった。
「これも美味いな……。どれもこれも手が込んでるしよ……」
「これは異国の宮廷料理なんですか?」
治癒師マーセルが尋ねる。
「宮廷は言いすぎでございますが、それなりに高級な料理かもしれませんね。少なくとも毎日のように口に入れるようなものではないかもしれません」
「なるほど」
マーセルは好奇心を刺激されたのか、しげしげといろんなお椀を眺めている。
「わたくしたちの国の料理を食べやすいようにアレンジしたものが、この料理になります。もっと独特なものもいろいろとあるのですが、おそらく最初は面食らうかなと思いますので。もちろん、挑戦していただくこともけっこうですが」
「毒じゃないんだろ、せっかくだから試してみようぜ」
大柄なグロスの反応にたおやかに息吹は笑う。
宿屋の人間というよりは貴族の邸宅のメイドに近いかもしれない。
「そうですか。では、まずはもずく酢から持ってまいりますね」
そして、出てきたのは、彼らにとってはかなり異様な料理だった。
やたらとぬめぬめしていて、鼻をつく刺激臭もする。
「これ、腐ってるんじゃないよな……? 腐ってるのはいくらなんでも無理だぞ」
「それは調味料の味です。かなり酸っぱいですよ。食感もぬるぬるですので、わたくしたちの国でも苦手な方はいるかもしれませんね」
器に直接口をつけると、グロスはスプーンで流しこむ。
「うっ! なんだ、これ! 変な味だ!」
「やはり、最初は戸惑われるかもしれませんねえ。でも、健康にはとてもいいんですよ」
その反応にほかのパーティーは笑う。
だが、グロスはマーセルのほうを見ると、
「よし、マーセル、お前も食え! 健康のためだ!」
器をそのまま差し出した。
「ええっ! そこまでしたくはないですよ……」
「せっかくの機会だし、試してみろよ。毒じゃないんだし」
「そうね、マーセルも食べてみなさいよ」
レアナもうながす。
「あなた二人はのぞき未遂の罪があるんだから、同じものを食べなさい」
「「えっ!」」
グロスとマーセルが声を合わせた。
「怪しいから聞き耳立ててたのよ。ちなみにインヴィジブル・シールドがあるのは葵っていう女の従業員さんに聞いてたわ。でなきゃ、外のお湯なんて怖くて入れないわよ」
つまり、見事にばれていたわけだ。
「わかりました。食べます……」
口に入れると、これが酢が鼻をつく。ただ、口にはどんどん流れるようには入っていった。
「スライムを食べてるような気分になりましたが、たしかに健康にはよさそうですね……」
そのマーセルの反応に一同が笑った。
「では、わたくしの国のお酒を口直しにいかがでしょうか。ニホンシュと言うのですが」
「よし、早速頼もう!」
グロスが元気よく声をあげた。
「この世界に不味い酒なんてないからな。それなら失敗はないはずだぜ」
こちらも少し慣れない香りだったが――
「うめえ! 俺は好きだぜ!」
「ですね、これは本当においしいです」
パーティーに大好評で迎え入れられた。
こうして、食事は無事に進んでいった。
酒量もなかなか進む。冒険者は酒をよく飲む者が多い。
そして、みんながほどよく酔っぱらってきた頃。
グロスが歌を調子はずれの声で歌いだした。
「あ~♪ 王都のバラは白に赤に~、咲き乱れ~♪」
「あ~、またね、グロスって酔っぱらうと歌う癖があるのよ」
パーティーは慣れているから、とくに気にしてる様子もない。
ただ、レアナは少し恥ずかしそうだったが。
息吹は思った。
(ここでもうひと押しできるかしら)
そこで、息吹はこんな提案をみんなにした。
「あの、皆さん、カラオケというものはご存知ですか?」
「いえ、まったく聞いたことがありません。魔法の名前でも初耳です」
レントが首をかしげる。
「歌をたのしく歌うためのものなのですが、よろしければご案内いたします」
そのカラオケルームは本館の二階にあった。
天井のあたりにくるくると銀色の球体が回っている。
「なんとも奇怪な空間だな……」
レントは魔法使いの結界にでも送りこまれたような困惑を感じた。
息吹が本を出す。
「ここに歌が入っていますので、該当する番号をあの機械に入力してください」
その本には、王都アレンシアで流行りの歌や、セルフィリア王国各地の民謡などが載っている。
「機械に詳しい者が従業員におりまして、こういうことができるようになったんです」
録音した音楽を登録して、それに歌詞が表示されるようなものをイチからやった者がいた。相当大変だったはずだが、むしろ難しいからこそ燃えるということで熱中していた。
「説明しただけではわかりづらいかもしれませんから、試しにわたくしが一曲歌ってみましょう」
息吹が入力をすると、画面が変わった。
「このマイクというアイテムに息を吹きかけて歌うとよく声が響きます」
歌詞が表示され、音楽が流れる。それに合わせて、歌っていく。
王国の曲はかなり息吹は覚えている。
この世界で商売をすると決めた時から、できうる限りの勉強をした。その世界のことを知らないと、もてなすことだってできないからだ。
きりのいいところまで歌って、息吹は停止ボタンを押した。
「おお! 上手いですね!」
マーセルが拍手をした。
「この部屋の使用料金は無料ですから、好きなだけ使ってください。もちろん飽きたら、そこで終えていただいてけっこうですから」
次回は夕方から夜当たりの更新予定です!




