12話 冒険者パーティー、旅館に泊まる(1)
※今回は冒険者パーティーの話です。
本日も日間6位! ありがとうございますっ!!!
そのパーティーは「森さと」に入った時から、どこか不穏な空気を醸し出していた。
といっても、本人たちは空気まで出しているとは思っていないだろう。
そこはベテランの女将である息吹だからこそわかることである。
(これは旅先で仲たがいしたわね)
若い世代の旅行だとよくあることなのだが、途中でメンバー間のいざこざが起こったりすることもある。旅をしてみたら、意外と身勝手な奴だということがわかったとか。
なので、彼らも何か対立するようなことがあったのだろう。そう息吹は解釈した。当然、そんなこと、直接当事者に言ったりなどしないが。
その予想は当たっていた。
魔法剣士レント、
剣士グロス、
治癒師マーセル、
女の魔物使い(主にバジリスクを飼っている)レアナ、
その四人で彼らは冒険を続けていた。即席のパーティーではなく、それなりに長くこの面子でやってきていた。
だが、前回のダンジョンで、回復魔法をかけた順番で口論になった。
事のてんまつはこんな調子だった。
「なんで、俺が後回しだったんだよ!」
グロスはそのいわくつきの戦闘のあと、治癒師マーセルに文句を言った。
「おかしくはありません。レントさんのほうがあの時、スライムたちの真ん前にいて、回復を早く行う必要がありました」
マーセルも自分の行為の理由をはっきりと言う。
あの戦闘はかなりぎりぎりだった。だから、主力の一人である魔法剣士レントが倒れるわけにはいかなかったのだ。
実際、レントは竜巻を起こしてスライムを一掃して、危機を救えた。
一方で、グロスも敵と戦っていたが、戦士が倒せるのはどうしたって一体ずつだ。
土壇場の状態では重要度が一段落ちる。
「つまり、俺は最悪死んでもかまわねえってことだったんだよな! そうだよな!」
グロスがふてくされたように、そう言った。
「そりゃ、レントのほうが負傷が激しいならそうするべきだったさ。でも、あの時、明らかに俺のほうが傷ついてただろ!」
「もしレントさんが死ねば全滅もありえました!」
「やっぱり、お前は俺の命なんて消えてもいいって思ってるんだな! 治癒師のくせにな!」
「そうとまでは言ってないでしょう!」
冒険者というのは命がけの職業だ。
だから、どうしようもなくなった場合、誰かを見捨てるという決断を取らないといけない時だって起こりうる。
それは厳しい現実だ。
だが、見捨てられる側に選ばれた者としては納得できるわけがない。
論理としてはわかっていても、不要な側に選択された者はとても受け入れられない。
そして、文句を言われた治癒師も命がかかっていることだからこそ、自分の行為の正当性を主張しないわけにはいかない。
それが妥当な判断でないということになれば、命を預かる立場として無責任だと認めたことになるからだ。
「わかった、じゃあ、次はマーセルはグロスに先に治癒魔法をかけてくれ」
リーダーである魔法剣士のレントがどうにか落としどころを作ろうとしたが――
「そういう問題じゃねえんだ! マーセルが納得してなきゃ、俺も納得しねえ!」
グロスは引き下がらなかった。
別にそれでパーティー解散ということになったわけでもないのだが、どこかしっくりしないまま、彼らは「森さと」にやってきたのだ。
実は今日中に一気に峠を越える予定だったのだが、口論のせいで出発が遅れて、それが難しくなったというのもある。
パーティーも口にはしなかったが、このままぎくしゃくした状態で無理な山越えをするのは危険を高めるだけだと感じていた。夜の山道は崖からの転落の危険だってある。
宿の値段は一人金貨三枚。
安くはないが、野宿と比べれば天国のようなものだ。
「4人です。女性もいますけど、大きな部屋があれば、一部屋で大丈夫です」
リーダーであるレントがフロントで話をする。
「わかりました。では、広めのお部屋をご用意いたしましょう」
フロントに立っている支配人の一成が対応した。
そこに息吹は口をはさんだ。
「この宿は、王国とは少し異なった作りの部屋もございます。もし、問題がなければ旅の話題にもなりますし、そちらをご利用なさいませんか?」
「私は賛成ー! この宿、冒険者の間でも評判のはずだし、ちょうどいいじゃない」
グロスとマーセルが何か意見を言うとまた火種になると思ったので、紅一点のレアナが言った。
こうして、四人は本館の和室に泊まることになったのだった。
「こちらの宿は大浴場もございますし、旅の疲れをお癒しください」
息吹はひとまず一行を部屋に案内した。
はっきりした理由はわからないが、この世界に来て以来、人間関係が一時的に悪くなっている客は和室に泊まらせたほうがたいてい、いいように運ぶ。
いくつか息吹は仮説を立てていた。
(物珍しいものが多い和室のほうが話題が生まれやすいんでしょうね)
少なくとも、和室には洋室にはない癒し効果があるなんてうさんくさい説をとるよりはまともな論だろう。
見慣れないものが多ければ自然と会話がはずむ。
トラブルの謝罪に直接絡む会話ではないとしても、まずは会話をすることが大事なのだ。
部屋に通されると、女子のレアナが目を見張った。
「すごく清潔な宿! これまで泊まった中で絶対一番!」
冒険者の宿というと汚いところも多い。そもそも、女性が一人で泊まる気になれないところもいくらでもあった。
けれど、ここは見慣れない部屋だけれど、清潔さという面では何の申し分もない。
「靴を脱いでおあがりいただく部屋ですから、寝転がっていただいてもかまいませんよ」
女将の息吹がやさしく説明をした。
「本当だ! よし、俺は大の字になって寝るぞ!」
グロスが大きな腹を出して、でーんと畳に寝転がる。
「邪魔よ! それに戦闘で体が汚れてるでしょ!」
「では、お風呂はいかがですか? この宿はお風呂も自慢ですから。お食事にもまだお時間はありますし」
「そうだな、みんな、軽くひとっ風呂浴びていくか」
魔法剣士のレントが提案して、彼らは風呂に入ることにした。
ケンカ中のグロスとマーセルもいちいち関係が悪化するようなことは言わなかった。
そして大浴場に向かう一行を見て、息吹は思った。
(お風呂って、気持ちもほぐしてくれるのよね。汗と一緒に嫌な空気も落としてくれればいいわね)
さて、あと、もう少し女将として手を貸すことにしようか。
もちろん、宿の従業員ができることは限られているが、それでも何もできないわけじゃない。いくつか、案はあった。
おもてなしは息吹にとって仕事であると同時にプライドそのものなのだ。
次回は夕方あたりに更新できればと思います!




