罪を罪として~陽の光なきダークブルーム~
薄暗い地下牢は幼い頃、父にこっそりつれられた場所。
『貴方は王子様ですか?』
そこに黒髪に黄色の瞳の少年はいた。
『うん…父上が亡くなるまで僕はここから出られないんだ』
国王に幽閉されているという彼はうなだれている。
『あの…私はココロナ=フレセア、エクリプシス王女様の侍女です』
『僕はシェイド…また会えたらいいねココロナ』
ふと、小さな頃の夢を見た。
国王の息子、唯一の王子でありながら幽閉されていた彼の悲しそうな姿を思い出した。
一度会ったきりの彼は今どうしているのか、ちゃんと生きているのだろうか。
ここはダークブルーム国に聳える暗黒の王城。
王の気に入らない者はすぐに処刑。
近くには美人だけを集めたハーレムまである。
そんな暗雲まみれた王国で生まれた私は公爵家の娘で、王女に使えていた。
「どうだ後宮に入らぬか」
あわや王のハーレムに入れられそうになった。
ある晩、思いがけない悲劇がおきる。
「貴女の父君も国王と同様に…」
父と国王が何者かによって殺されたのだ。
兵士の話では父が国王の盾にされたのだという。
「そんな…」
花嫁衣装も見せていない内に、父がいなくなってしまった。
「大変だ王女が!」
王女が城の三階から身を投げて自ら命を絶ったという。
一晩で三人も、居なくなってしまった。
頭が真っ白になり、何も考えられなくなる。
「ココロナ…?」
背後から、声がする。
誰だろう、振り替えって姿をみた。
黒髪に月のような黄の瞳、それは幼い頃に見た王子の姿と同じであった。
「シェイド様?」
光の届かない闇室に閉じ込められ、父親に嫌われ希望のない生活を強いられていた彼がここにいる。
王が死んだことで解放されたばかりなのか、シェイド王子はやや不健康そうだった。
どう話を切り出すべきだろう。
皆から畏怖されていた王が、無くなり皆は安堵している。
それで貴方が解放されてよかったなどそんなことを言えるはずもない。
「もう十年ぶりだろうか…?二度、お前に会えて嬉しい」
そう言ってからシェイド王子は目をそらし、少し照れていた。
「わたくしも貴方様に再び御目にかかり…」
ドレスを軽く持ち、頭を下げようとした私を王子は制した。
「迷惑でなければ普通に話してほしい」
なぜ王子は私に砕けた態度をとれといったのだろう?
たった一言二言話しただけなのに、彼は国の頂点に等しい王子、私は貴族の娘。
シェイド王子に気安く話せるのは彼の姉、今は亡き王女エクリプシス様だけだっただろう。
「久しぶりの地上だ…共に庭に出てもらいたい」
彼はいま私に手を差しのべ優しく笑いかけている。
とてもあの王の息子には見えない、悪意なき笑顔にどきりとしてしまった。
だがそれは王子が私だけでなく誰にでも分け隔てなくお優しい性格と言い聞かせ、心を落ち着けるる。
相手は王子、たとえ公爵家の娘であっても身分に差がある。
間違っても恋、などではない勘違いしてはいけない。
王子の手を取らず後ろに下がって広い庭園に出る。
まだ夜も開けない時間、月さえ雲に隠れていた。
蝋燭の灯りだけを頼りに庭を歩く。
王子が歩くたびフラりとよろめくので私はそれを支えた。
「ココロナ、父君のことは残念だったと思う…」
彼は自身の父の事には触れずに、私の父の死を悔やんでいる様子。
私は話そうとすると涙が出そうで、なにもいえなかった。
「そして皆も僕も、父の…悪の王の死をとても喜んでいる。偽らなくていいんだ」
王の死で幽閉から解放されてよかったと彼が思っていようと、王の死を喜んではいけないだろう。
王子にとっては仮にも父親なのだから。
「なぜ王は子である僕を嫌っていたか、知っているか?」
シェイド王子が問う。
「いいえ」
私は幽閉の理由を知らない。
「昔、君の父君が話をしてくれた僕を遠ざけた理由を…」
王子は理由を話し始めた。
シェイド王子は王がかつて一方的に叶わぬ恋をし、焦がれていた平民女性の息子。
王はその女性の夫を殺し、母親と生まれたばかりの彼を城へつれて行き妾と王子に仕立てたという。
あの王ならやりかねない話だ。
つまり王とシェイド王子に血の繋がりはなく、王子は憎悪しかなかった。ということか。
「王を殺したのは僕なんだ」
シェイド王子が王を殺害した張本人?
「嘘…」
その話が本当ならば、王子は私の父も殺した者、憎むべき相手である。
「なぜ…」
問わなくても動機ならわかっている。
王を殺せばシェイドは自由になれるからだ。
偶然近くにいた父が王をかばったから。
だけど気にかかった点が沢山ある。
殺すときに何故外へ出たのか、王子が犯人なら武器は誰が渡したのか、何故誰も現場を見ていないのか。
「王を殺せば次の王は僕だ。だから皆はそれを甘んじて受け入れている」
現場であったのは公然の隠蔽とでも言うのか、それほどに王は憎まれていたのだと、それで済む話ではないのに。
先程までの王子へ淡い気持ちは嫌悪と失望へ変わりかけている。
王子のやったことに私が異を唱えれば、口封じに殺められるのは確定している。
私はすぐにでもここから逃げたい。
なのに体が震えて動けない。
王子はこちらにゆっくりと歩いてくる。
殺されてしまうのか、目を閉じる。
「僕は何年地下に閉じ込められていようと構わなかった」
歩みを止めた王子は静かに語りだす。
私はおそるおそる目をあけた。
「王がお前を後宮に入れようとしたと聞いて…!」
シェイド王子が私を強く抱き締める。
「…王子はわたくしの…私の為に?」
シェイド王子は抱き締めたまま頷く。
「お前の父君が鍵を明け、一本の剣をくれた…そして王の元へ出向き刺し殺そうとした…だが僕はろくに栄養も採れていない、日にも浴びていない…王に返り討ちにされた」
返り討ちにされたのに彼はどうやって王を殺めたというのか。
「王に殺されるところで、お前の父君が変わりに刺されてしまった王と刺し違える形でな」
父を殺したのはシェイド王子ではなかった。
なぜだかほっとして、力が抜ける。
「ココロナ…どうした大丈夫か?」
シェイド王子が私がの肩を抱き心配をしている。
「シェイド王子は何故…」彼は十年もの間捕われていても逃げようとしなかったのに、私が王に狙われて行動を起こしたのはどうしてだろう。
「外を知らない僕より鈍いな。十年前、初めてお前を見た日から…ずっと恋をしていたのに」
シェイド王子は私のことが好き?
私はいま夢でも見ているのだろうか。
「もう王子、などと呼ばなくていい僕の親は平民なのだから」
そう言えばそうだった。
私は貴族の出で彼が平民生まれ、最初とは立場が逆転してしまっている。
「でも唯一の王子である貴方はこの国の王になられるのでしょう?」
「…いまからでも城を出て二人静かに暮らすのは駄目か」
「駄目です」
シェイド王子が王に即位して一週間が経過した。
いつの間にやら私が傍にいるのが暗黙の了解になっている。
「お前は…亡き義姉上の侍女だったが…それと等しく惰性で僕に連れそうのか?」
シェイド様は私が誰かに付いていないと落ち着かないと思っていらっしゃるようで、否定しても納得してはいない様子だ。
「貴方が私を好きだと仰るように私もシェイド様をお慕いしています…それではいけませんか?」
「ああ…やっと聞けた」
シェイド様はとても歓んでいる。
どうやら彼が好きと言っても私が好きだとはっきり伝えなかった事を気にしていたらしい。
「お前が僕を嫌いになったなら前王のように民を苦しめるだろう」
「貴方はそんなことはなさらないと思います」
とても優しい心を持つ彼なら。
愛が叶わず国を脅かした王を退け、愛を手にした王ならきっと大丈夫だろう。
これは去年の6月に考えていたのですがようやく完成しました。