魔法陣
「リースちゃん!!久しぶりだなぁ!!」
ある日、鍛錬から帰ると、屋敷の前でダーリさんと遭遇した。
オレもペコリとお辞儀をして「こんにちは」と挨拶した。
「ウチの息子と遊んでくれてるらしいな。ダースが迷惑かけてないか?」
「いいえ。色々知らないことを教えてくれて、楽しいですよ」
「そうか……変な事を教えてないといいんだが……」
「ところで、今日は母さんに用事ですか?」
「ああ。注文の品を届けに来たと伝えてくれるかな?」
--------------------
ダーリさんは注文の品とやらを届けるとすぐに行ってしまった。
母さんはお茶でもと誘ったのだが、まだ仕事が残っているという。
何でも遠くまで素材を手に入れに何日もかけて旅をしてきた帰りだそうで、真っ先に母さんへの品物を届けに来てくれたらしい。
「何それ?」
「これはあなたのための物よ。リース」
「オレの?」
ダーリさんが持ってきてくれたものは小さな小包だった。
母さんが机の上でその封を開くと、中から光があふれ出した。
中に入っていたのはいくつかの透明な宝石だった。
その輝きは、まるでそれ自身が輝きを放っているかのような錯覚を覚えるほどだ。
大きさもオレの手のひらぐらいある。
「きれいだ…」
「これはきれいなだけじゃないのよ。これは魔石よ」
魔石。
魔力を帯びることのできる鉱石の総称だ。
「魔石ねえ。これをどうするの?」
「ふふ。見ていて」
母さんは白い紙を取り出しインクで何かを描いていく。
その幾何学的な紋様から察するに、これは…
「あらぁ。魔法陣じゃない」
「うわっ」
背後から声がしてオレは驚きながら振り向く。
そこには赤い髪の妖艶な美女、バリスさんが立っていた。
「リースちゃん、久しぶり!」
そう言ってバリスさんはオレを抱擁してきた。
なすがままにされるオレ……って!!胸が顔に!!
「ちょっ……苦し……」
「あら、ごめんなさい。」
なんとか解放されたオレは肩で息をする。
あやうく窒息死するところだった……
ていうか、また気配を感じなかったぞ
魔王陛下といい、この人たちといると自分の能力に自信を持てなくなってくるな。
「中々面白い魔法陣描いてるじゃない」
「あらバリス。いいところに」
バリスさんは母さんの手元の書きかけの魔法陣を覗き込む。
するとその一点を指さして
「ここ。魔力回路の変換効率に無駄があるわ。ラーピスト円環を応用してここと繋げれば……」
「ん……ちょっと待って。もう少し分かりやすく……」
「だから、こことここを繋げるとメルン変換公式に支障が出るから…」
「……なるほどね」
二人が魔法陣を指しながら難しい顔でそう話す。
……なるほど。
分からん。
おそらく魔法陣の描き方について意見を交換しているのだろうが、全く知らない単語のオンパレードで何やら疎外感を感じる。
というか、バリスさんが母さんに教えているのか……
軽そうなお姉さんなのに頭はいいようだ。
人ってみかけによらねぇなぁ。
そうして数分間たっぷり議論した後……
「……出来た!」
「うん。完璧ね」
「すごいわ。効率が一割は増してる。もっと早くバリスに聞いてれば良かったわね」
魔法陣が完成した。
完璧の出来らしいが、正直他の魔法陣と違いが分からん。
「ていうかバリスさんは魔法陣に詳しいの?」
「ええ。これでも昔は魔法陣を専門に研究していたのよ」
オレが母さんに本当か、という視線を向けると母さんは頷いた。
魔法陣は主に魔法の発動の補助に用いられる。
詠唱が行っている魔力操作を代替わりする魔法陣を使えば、魔法の詠唱を短縮することもできる。
だがその分精密な作図が求めらる上に、少し傷ついただけで失効してしまう。
さらに、魔法陣を圧縮するなどする場合は高度な数学の知識が必要である。
だから魔法陣の研究者など、本当に一握りの天才にしか務まらない。
つまりこの人はそれだけの人物であるという事だ。
「頭いいんだなー(見かけによらずに)」
「リースちゃんさえ良ければ今度教えてあげるわよ」
「うーん教えてもらいたいけど……」
正直、全くわかる気がしない。
魔法理論とは根本的に学問としての方向性が違うしなぁ。
「リースちゃんなら賢いから楽勝よ!」
「まあそのうち……ところで、それは?」
「これはね……見てて」
母さんが魔法陣が描かれたシートを机に敷き、その上に魔石を一つ乗せる。
魔法陣に手を置き、そしてすうっと息を吸って集中すると、魔法陣が淡く光り始めた。
魔力を通しているのだ。
そしてそれと同時に宝石が紅い輝きを放つ。
「……うわぁ」
幻想的な光景に思わずそう声を漏らしてしまった。
それほどまでにきれいな紅色だった。
しかもそれに照らされる銀髪の美人。
絵画に残しておきたいぐらいだ。
「ふうっ……」
どれほど時間が経ってしまっていたのだろう。
見惚れていたオレは母さんが吐いた息にはっと我に返った。
魔法陣も光を失っている。
「さすがね~。私も見とれちゃった」
「褒めても何も出ないわよ。はい、リース」
母さんはオレに机の上の魔石を手渡してくれた。
その魔石は吸い込まれそうなほどに美しい紅色に変色している。
「これ……さっきの?」
「ええ。この魔法陣で魔力を流し込んだの」
なるほど。
魔石に魔力を宿らせるには特殊な工程を経なければならないと聞いたことあるが、これがその作業なのだ。
おそらく、この紅色は母さんの魔力の色なんだろうな。
オレはひとしきり魔石を眺めた後母さんに魔石を返す。
「こうやって魔石に魔力を貯めておいたら、色々な事に使えるのよ。その利用法も今度教えてあげるわね」
あまり魔石の用途に詳しいわけではないが、少しならその用途を知っている。
魔法兵器の起爆剤や魔弾の弾頭などに使われるのだ。
まぁ特別な技術が必要らしいが。
「ほら、リース。やってみなさい」
まあやってみるか。
オレは母さんに言われたとおりに魔法陣に手を置く。
そして魔力を流し込む。
さっきと同様に魔法陣が淡く光る。
だが……
「ぶはっ……!!」
オレは耐えきれずに魔法陣から手を放した。
この魔法陣、とんでもない勢いで魔力を吸っていくぞ!?
10秒ももたなかった!?
「大丈夫?最初は少し疲れるかもしれないけど、慣れればそうでもなくなるわよ」
「むしろ初めてでよく成功したわね~さすがリースちゃん」
バリスさんが魔法陣の上の魔石を手に取ってそう言う……のだが……
「色変わってなくない……?」
失敗してんじゃねーか!!
「よく見なさい。ほら」
バリスさんの持つその無色に見える魔石をよーく覗き込んでみる。
………微妙に光ってる?
この色は……銀色か?
「ちゃんと成功してるわよ。よく頑張ったわね」
「まだちょっと薄いけどリースちゃんの髪と一緒の綺麗な銀色ね」
母さんが頭を撫でてくれる。
オレはその甘美な感覚をしばし堪能する。
「でもこれって相当疲れるよな」
「大丈夫よ。慣れればもっと効率が良くなるから。魔力の訓練にもなるから、魔法の練習の合間に少しずつでいいからこれを練習するのよ。分かった?」
「まあそういうことなら……」
まあ何事も慣れだ。
魔法だって最初は一発使うのにヒイヒイ言っていたが、今なら初級魔法を10回くらい連続で使っても問題ない。
魔法の練習の方が最優先だが、こちらも気長に練習してみよう。