陛下
そうしてまた半年ほど経った。
あれからオレはちょくちょく魔帝都に行ってダースと一緒に遊んでいる。
市場を冷やかしに行ったり、兵士詰め所で兵士と話したり、路地裏を探検したり、悪友が出来たみたいでなかなかに楽しい。
そうして街を歩き回っていたせいか、オレの顔もまあまあ知れ渡ってきた。
もともとがすれ違う者全員が振り返るような美幼女。
更にリーデル母さんの娘(周囲はそういう認識だからこればかりは仕方ない)というのも手伝っているようだ。
母さんの顔は広い。
謎が深まるばかりだ。
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今、オレは屋敷の庭で木剣を振っている。
動けるようになってきてから、オレは体力づくりを始めた。
この身体は魔法適正がバカみたいに高い。
となると、魔術師的戦い方になるのが自然だ。
前世でも、教会の手先の魔術師と戦う機会が何度もあった。
対魔術師戦の攻略法は分かっている。
速攻で近づいて叩くことだ。
魔法の発動には詠唱が不可欠だ。
それは魔術師のレベルにより長短あるが、どんなに高位の魔術師でも詠唱を完全に破棄するのは至難の業だ。
だから魔術師が攻撃しようとすると必ず隙が出来る。
加えて、魔術師は体を鍛えているものが少ないというのも理由の一つだ。
近づいての短期決戦。
これが対魔術師戦の基本であり真髄である。
だからオレは走り込みをし、木剣を振る。
一秒でも長く敵の攻撃から逃げれれば、その分攻撃のチャンスも広がる。
オレに言わせてみれば、魔術師こそ体を鍛えるべきなのだ。
始めてみて気づいたのだが、本当にこの身体のポテンシャルはとんでもない。
魔法適正どころか、フィジカルの面においても人族を軽く凌駕する。
見た目はか細い幼女の腕だが、力はおそらく前世のオレぐらいは既にある。
剣を振りなれていないので、流石に太刀筋は前世のそれには及ばないが、いつ抜くことになるやら。
一振りごとに鋭さを増していく自分の剣への満足感にオレは夢中になる。
だから……
「ほう。素振りか。感心だな」
オレはビクッと体を震わせた。
何者かが背後にいることに気づかなかったのだ。
振り返ると、面白そうな目でこちらを見ている魔王陛下がいた。
「……驚かせないでくださいよ」
「すまん。あまりにも集中していた様子だったのでな」
子供を驚かせるなんてこの方もお茶目なところがあるんだな。
ていうか、気配消すの上手すぎ。
前世はレジスタンスで潜伏活動をしており、オレは人の気配には敏感だ。
いくら夢中になっていたからといってこんな真後ろに立たれたら流石に気づく。
それほどまでにオレとこの人には差があるのだ。
恐ろしいもんだよまったく……
「政務の方はよろしいので?」
「ああ、一区切りついたから少し遊びに来た」
魔王陛下は魔帝国で一番お忙しい方だ。
この一年半の間会った回数は片手で足りる程度だ。
まあ魔王という肩書にしては多すぎるくらいな気もする。
「オレなんてどこの馬の骨とも知れぬ元人族なんですよ。なんでそんなに目にかけてくださるんですか?」
「そういう事を大声で言うな」
「じゃあはじめの頃みたいに念話を繋いでください」
「あれは触れていないと発動できない上に、かなり魔力を使う。それにわざわざ使うほどのものでもないだろう」
魔王陛下は屈んで目線をオレに合わせると、オレの目を覗き込んでくる。
吸い込まれそうな金色の瞳だ。
その美しさにオレは息をのむ。
「なぜお前に目をかけるのか、と聞いたな。お前が私の友人の子である、というのもあるがそれ以上にお前の生き方にかつての自分のような危ういものを感じるのだ」
そこで陛下は言葉を切った。
オレから目をそらさないが、その瞳には悲しみの色が浮かんでいる。
「私はかつて憤怒に身を焦がし、取り返しのつかないことをしてしまった。だからお前の復讐に生きる生き方は見てられないのだ。もっと違う生き方があるのだと、知ってもらいたい」
それは陛下の本心からの言葉なのだろう。
かつて『憤怒の魔王』と恐れられたが、今のこの人からはそんな印象を抱かない。
おそらく、何かがこの方を変えたのだろう。
そして復讐のために転生までしてきたオレにかつての自分を重ねているのだ。
「前世を忘れろとまでは言わない。お前にとっては転生してまでして忘れたくない思い出、晴らしたい無念があるのだろうからな。だが今のお前はもう魔族の子供であり、私が守るべき魔帝国の民なのだ。自分が元人族であるとか、そのような言い方は二度としないでほしい」
「……分かりました」
魔王陛下にそんな目で言われてはこういうほかない。
この人の目は、本気でオレの事を心配している目だ。
そんな思いを無下にはすることはできない。
だが…
「ですが、前世での恨み……聖神やその使徒への恨みは忘れることはできません。それはオレが転生してここにいる目的であり、アイデンティティですから」
「……そうか」
「だから、今すぐには忘れることはできないでしょう」
「………」
オレはしっかり陛下の目を見て告げる。
「ゆっくり考えますよ。まだオレは生まれたばかりなんですから」
「……そうだな。それがいい」
陛下は優しく微笑んでくれた。
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「そういえば、前言ったミリアーナって人の事はどうなってます?」
「ああ、そのことか」
邪神の使徒に教えられた、オレの助けになる女性(多分)の名前、ミリアーナ。
陛下はこの人を知っており、その人で間違いないという。
オレはまだ幼女だが、そろそろお近づきになっておきたい。
向こうがオレを小さい頃から知ってる方が何かと取り入りやすいだろうという打算もあるが。
「私も早く会わせたいとは思っているが、もう少し待っていてほしい。何かと障害があるのだ」
「具体的にはどれくらいです?」
「お前が三歳になるまでだな」
三歳か。
あと一年半ほどである。
まあ焦ることもないし、それぐらいなら全然構わないけど。
「そういえばお前の一歳を祝ってやれなかったな」
「いいですよ。それぐらい。お忙しいでしょう」
まあ誕生日にはバリスさんが来たし全く寂しくなかったよ。
あの人は魔王の奥さんの割に頻繁に家に来るな。
暇なのかな。
「だから、その祝いと言ってはなんだが、良いものを持ってきた」
そういって陛下は懐から何かを取り出す。
懐から出てきたのは何か筒のようだったが、その形状からオレはある道具を思い出す。
「魔銃……ですか」
「ああ」
魔銃は魔力で弾丸を飛ばす遠距離武器である。
通常の銃とは違い、注ぎ込む魔力の量によってその威力を増大させるため、魔術師の護身用の武具でもある。
「でもいいんですか。高価でしょう?」
そう。
魔銃はとにかく高いのだ。
それ一丁だけで普通の家庭が五年は暮らせるほどの値段がする。
だから持っているのは教会の上層部など、金のある魔術師だけだ。
一般にはあまり出回っていない。
「いい。これは先日宝物庫から出てきたもののようでな。昔に得た戦利品の類だとは思うが、使う者もいないのだ」
「そ…それならありがたく…」
陛下から魔銃を手渡される。
ズシリと魔金属の重さが腕に伝わる。
グリップを握ってみるが、オレの手の大きさではうまく引き金を引くことが出来なさそうだ。
「まだ指が届きませんね」
「少し気が早すぎたか。だが、いずれ役に立つ日が来るだろう」
「ええ。ありがとうございます」
オレと陛下は一緒に屋敷の中に入る。
中に入ると、すぐに白いタオルを持った母さんが迎えてくれた。
「まあゴーシュさん。ご機嫌麗しゅう。あら、リース、それは?」
「少し遅くなったが、それは私からの一歳の祝いの品だ」
「まあ。良かったわねリース」
「うん」
母さんが手に持ったタオルでオレの汗を拭いてくれる。
長時間木剣を振っていたから汗だくだ。
その時、屋敷の奥から良い匂いが漂ってきた。
「この匂いは…」
「ええ、リースの大好きなクッキーよ」
「やったー!!」
母さんの焼くクッキーは絶品で、紅茶によく合う。
オレの大好物だ。
運動したせいで腹がペコペコだ。
早く食べたい!!
「こら、リース走っちゃだめよ」
「ふふ……こうしてみると、まだまだ子供だな」