魔帝都ゴルド
オレは1歳になった。
もう自由に走り回ることが出来るほどまで成長した。
それまでは屋敷から出ることは母さんに許してもらえなかったが、その日オレは母さんに連れられて初めて屋敷の外の世界に出た。
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魔帝都ゴルド。
それは魔王陛下のお膝元。
魔帝国の首都である。
前世のオレの祖国であるウェーリア王国からはるか西。
中央大陸の最西端に位置する。
中央大陸の玄関口であり、西のジーリオン大陸との貿易が盛んだ。
さらに魔王陛下は庇護を求める者を拒まないので様々な種族がこの帝都に集まる。
中央大陸の人と物が集まる大都市なのだ。
オレが住む屋敷は魔帝都ゴルドの郊外にあった。
初めて歩く魔帝都の活気に触発されオレはテンションが上がりっぱなしだった。
すれ違う人は獣人族、魔族、亜人族、人族など多岐にわたる。
だがやはり人族の数はそう多くない。
今は魔族と人族の戦争は休戦状態だが、それでも人族の国々から魔帝国に入る人は少ない。
まだ確執があるのだ。
しかしそれでいて区画整理はきちんとされており、雑多な印象は受けない。
兵士の巡回もされているので治安も良い。
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オレは母さんと手を繋ぎながら魔帝都を闊歩する。
そして母さんに連れられてある店に入る。
見た目は地味で武骨な感じで、母さんみたいな美人には縁遠い店に思える。
特に装飾もされていない扉を開き、店内に入るとツンとした妙な匂いがした。
店の陳列棚には様々な怪しげな素材が並ぶ。
何かの魔物の爪や牙、怪しげな鉱物など多岐にわたる。
「ここ何?」
「母さんの行きつけのお店よ。魔法に使う色々な素材を売っているの」
そういえば母さんはたまによくわからない薬の調合などをしていた。
こういう素材を入れているのだろうか。
「リーデルさん!!よくおいでくださいました!!」
母さんに気づいたのか店の奥から大きな男が出てきた。
頭の上には三角形の耳がついており、腰からフサフサとした尻尾が覗いている。
狼の獣人だろうか。
「お久しぶりです。ダーリさん」
「店に来ていただけるのは1年ぶりですな。もしやそちらの子が……?」
「ええ。ほら、リース挨拶なさい」
「こんにちは」
挨拶するように促されて俺は簡単に挨拶する。
ダーリと呼ばれた獣人の男は俺を見て表情を和らげる。
「リーデルさんに似て可愛らしい子ですな。それにお行儀も良い。ウチのバカ息子にも見習ってもらいたいものです……」
「まあ。ダース君も元気でよろしいではありませんか」
「最近その腕白ぶりに磨きがかかって手に負えなくなっているんですよ。して、本日のご用向きは?」
「ええ、実はいくつか魔石を探していまして……」
母さんとダーリさんはそうして素材の話を始める。
何やら聞いたことない単語ばかりが並んでいて全く理解できない。
つまらなくなった俺は店の中を適当に物色する。
前世でも見たことある魔物の素材から、見たことない魔物の素材まで、適当に眺めていると店の扉が開いて獣人の少年が入ってきた。
「ん?なんだお前」
ダーリさんと同じ狼の獣人の少年である。
歳は5歳くらい。
つり目でかなり気が強そうだ。
さっき話に出てきたダーリさんの息子のダースなのだろうか。
ダースはオレに気づくと話しかけてきた。
「お前みたいな小さい子がこんな怪しい店来ちゃいけないぜ」
「母さんの行きつけなんだよ」
自分の家を怪しい店扱いとか……
まあ確かに変な店ではあるが
「こらぁ!ダース!今お客さんが来ているんだから店の奥に引っ込んでろ!」
ダースの帰宅に気づいたダーリさんがそう怒鳴る。
「ちょっとこの子と話すくらいいいだろ!」
「おめえ!リースちゃんに変な事する気じゃねえだろうな!」
「はあ!?するか!」
「まあまあダーリさん。あんまり頭ごなしに言うのは良くないですよ」
親子喧嘩に発展しかけたが、母さんが間に入って止める。
その時、ダースも母さんの存在に気づいたようで…
「リーデルさん!久しぶりだな!」
「こら、ダース!だからリーデルさんにそんな失礼な口の利き方するなと……」
「気になさらないでください。私はこれぐらい気軽に話しかけてもらった方が嬉しいです」
母さんはそう言いながら、ダースのそばにより、少し屈んで目線を合わせるとダースの頭を撫でた。
あ、いいな。
「良い子にしてたかしら?」
「ああ!もちろんだ!」
「嘘つけ!」
ダースは無邪気な笑顔で母さんの問いに答える。
ニッと笑った唇の間から鋭い犬歯が見える。
「そうだ。ダース君、私とお父さんは今から大事なお話があるから、リースにこの街を案内してもらえないかしら?」
「リースってこの子?いいぞ!」
「リーデルさん……それは……」
「大丈夫ですよ。同年代のお友達が出来たほうがリースも嬉しいわ」
すごく心配そうな顔をしているダーリさんに母さんは微笑みかける。
ダーリさんも母さんには強く出られないのか、渋々といった様子で認めた。
それを確認すると、母さんは俺に向き直った。
「という事でリース。お母さんたちがお話ししている間ダース君と遊んできなさい」
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「俺はダース!素材屋のダーリの息子だ!よろしくな!」
「オレはリーシア。よろしく」
店の外に出るとダースは気さくに自己紹介しつつ、手を差し出した。
俺も自己紹介しながらその手をとる。
年齢の割にしっかりと鍛えられた腕である。
「いやあ、やけに可愛い子だと思ったらリーデルさんの子共だったんだな」
ダースは照れを見せることなくそう言った。
こいつ、本人を前にしてこんなに簡単に可愛いとか言えるとは異性を意識しない子供故か。
「それよりどこを案内してもらえるんだ?」
「おう!まずは大通りに行くか!」
そうしてダースに連れられ大通りへと向かう。
その道中、お互いのことを詳しく質問しあった。
ダースは5歳らしく、魔王軍の兵士になるのが夢だそうだ。
だから素材屋を継げとうるさいダーリさんに反発してばかりなのだそうだ。
「そういえばリースは可愛い見た目なのに、そんな男みたいな話し方するんだな。まあそっちの方が話しやすいけど」
「ジルド族は性別無いからなぁ。見た目はこんなだけど心は男に近いよ」
「ふーん。よくわからない種族だな」
「オレもよくわからん」
ちなみに、今の俺はフリフリの可愛らしいスカート姿だ。
スース―するし、恥ずかしいけど家にはこれしかなかったのだ。
まあ鏡で見たところ似合っているから問題ないんだけど、いつかもうちょっと男っぽい服を買ってもらう必要があるかもしれない。
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「ここが大通りだ!」
そんな話をしながら俺たちは大通りに出る。
魔帝都の大通りは中央に馬車などが通る道があり、その両端が歩道となっている。
人通りはそれまでの道の比ではない。
そしてその大通りの先には立派な城が見えた。
「あの城はもしかして?」
「ああ、あそこに魔王さまが住んでいるんだ!」
「へえ。あれが魔王城か」
魔王城は帝都のど真ん中に位置している。
その大きさは圧巻の一言で、その城の主の偉大さを垣間見ることが出来る。
「俺もいつか魔王軍に入って、あの魔王城に入って魔王さまの役に立つんだ!」
ダースは大通りに出るまでの道でも、巡回の兵士をキラキラとした目で見ていた。
巡回の兵士なんて言ってみれば下っ端の下っ端だし、そんな目で見なくてもとは思うが、兵士になりたいというのは本当らしいな。
だから身体を鍛えているんだろう。
「リースは?あのリーデルさんの娘なんだから魔王さまに仕えるんだろ?」
「さあ、仕えるかどうかは分からないが……ていうか母さんって何者なんだ?」
「知らないのか?自分の母さんのことなのに?」
「ああ。ていうかオレ1歳だし、屋敷の外に出たのも今日が初めてだ」
確かに、魔王陛下と親し気だし、庶民にしては大きい屋敷に住んでいるし、謎の多い人物ではある。
ダーリをはじめとした街の人間も母さんに敬意を払っていた。
過去が気になる……
「リーデル・ジルドといえば、『紅の戦姫』の異名で有名な魔族の英雄だぞ!今は一線を退いたらしいが、魔王さまが人族と戦争していたころは一騎当千の活躍だったらしい!」
……それ誰?
よりによって戦争の英雄?
聞いたことない名前だな。
母さんは穏やかな性格だし、そんな柄じゃないだろう。
『紅の戦姫』だったらバリスさんの方がまだ合ってるだろう。
髪赤いし。
「なんかの間違いじゃないのか?」
「本当だって!本人に聞いてみろよ!」
オレだって母さんの正体が気になって、何度か聞いてみたことがあるが、適当にはぐらかされてばかりだった。
何か隠しているような様子だったな。
まあこの話は眉唾ものだろう。
その後、街を色々案内してもらい、オレたちは店に戻った。
その頃には母さんたちの話も終わっており、ダーリさんは何やら旅の準備をしていた。
母さんに頼まれた素材を取りに遠出するらしい。
そうして母さんと屋敷に戻り、俺の魔帝都デビューは終わった。