魔法と姉
さらに一か月経った。
オレはすくすくと成長して、もうよちよちと歩けるようになった。
最近は母さんに魔法を少しずつ教えてもらっている。
発端は魔王陛下が教えてくれた情報だ。
オレの今の種族、ジルド族は受肉した精神生命体らしい。
精神生命体は普通は物質的なものに干渉できないが、干渉する方法はある。
魔法である。
ダンジョンでゴーストが魔法で冒険者を攻撃してくるのもその一例だ。
奴らは魔法でしか肉体をもつ冒険者に干渉出来ず、冒険者も魔法でしか精神生命体に干渉できないらしい。
だから精神生命体は魔法に関する適正が高い。
受肉したオレもきっとそのはずに違いないと思った。
最初は母さんが目を離したすきに部屋を出て、屋敷内を散策していた。
まあまあ広い屋敷だったのだが、ある日書庫を見つけたのだ。
そこには数々の辞典や物語と一緒に魔法に関する本が置いてあった。
文字も人族のものとそう変わらないので、オレはそれらの本を母さんには言わずに漁り始めた。
生後一か月と少しの子供がこんな本読んでたら怪しむだろ普通。
でもすぐにばれてしまった。
高いところにある本を取ろうと背伸びをし本を掴んだその時、バランスを崩してしまったのだ。
オレは転び、本が大きな音を立てて降ってきた。
幸い怪我は無かったが、家事をしていた母さんが飛んできて、魔法の勉強がばれてしまった。
母さんは危ないことはしないように、と心配したようにオレに言い聞かせた。
ただ、魔法を学んでいたと知ると、破顔して喜びをあらわにした。
オレが魔法に興味を持ってくれた事が嬉しかったようだ。
それから、母さんはオレに魔法を教えてくれるようになった。
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それからのオレの魔法の習得速度は尋常ではなかった。
元々前世では魔法の適正が露ほども無く、知識にも乏しかったオレだが、母さんの分かりやすい説明とこの身体の高い魔法適正にものを言わせて、今では風、土、火、水の初級魔法を使えるようになった。
魔法の発動には明確なイメージが重要らしい。
風の魔法なら、自分の魔力が流れるような風に変わるイメージ。
土の魔法なら、自分の魔力が固い土に変わるイメージ。
火の魔法なら、自分の魔力が荒々しい火に変わるイメージ。
水の魔法なら、自分の魔力が包み込むような水に変わるイメージ。
母さんは何度もオレの前で実演して見せて、イメージを教えてくれた。
オレは必死に何度もイメージを形にしようと挑戦し続けた。
魔力切れで何度もぶっ倒れたが、諦めずに続けていると、ある時を境に簡単に魔法が発動するようになった。
イメージを掴んだのだ。
次は詠唱を短くするために日夜訓練にいそしんでいる。
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そんなある日、オレは一人で家の庭を散歩していた。
散歩と言っても、傍から見るとまだまだ危なっかしいよちよち歩きである。
屋敷の家事の一切を一人で行っている母さんの目をかいくぐって、屋敷を探検するのがオレの密かな楽しみだった。
庭には小さな池があった。
オレはその横に屈み、水を覗き込んでみる。
そこには美少女が映っていた。
いや、美幼女といった方が相応しいのだろう。
くりくりとした大きい目に、形のいい鼻。
白い肌は絹のように透きとおり、頬はリンゴのように赤い。
オレの顔だった。
「オレ……かわいい」
髪も母さんと同じく銀髪で、瞳の色も深紅だ。
さすが美人の子供だ。
さぞかし美人になるだろう。
……他人事みたいに言ってみたけど、なんか複雑だなあ。
因みに、最近は流ちょうに喋れるようになってきたが、一人称は『オレ』である。
見た目は完璧に女の子であるが、性別は無いので関係ない。
母さんも「どこでそんな言葉覚えたのかしら?」と首を傾げていたが、きっと書庫の物語で読んだのだろうと一人で納得し、それからは何も言わなくなった。
種族柄、『男らしい』とか『女らしい』とか考えないのかもしれない。
そんな、心は男、見た目は美幼女のオレであるが、成長したら周りは放っておかないだろうなぁ。
将来男に言い寄られたらどうしよう。
性別がないので子供の作りようもないし、男に告白されるとか考えただけで身の毛もよだつ。
お付き合いするとしても女の子がいいな。
そんなどうでもいい事を考えていたら、体を浮遊感が襲う。
最近では慣れっこになってしまったが、誰かに背後から抱きかかえられたのだ。
全く気配を感じなかったので、少し驚きつつも上を向くと、女性の顔が逆さに見えた。
「こんなところ、危ないでしょぅ~」
その女は母さんに瓜二つだった。
だがよく見てみると、顔のところどころに幼さが残るし、纏う雰囲気もほんわかとしたものである。
母さんの血縁者だろうか。
「こんにちはぁ~リースちゃん~。お姉ちゃんですよぉ~」
オレの姉を名乗るその女は俺に頬ずりする。
柔らかい頬が俺の頬と触れ合うが、なんだかこそばゆい。
「おねえちゃん?」
「うっ!?もう一回言って!!」
「おねえちゃん」
「かわいいぃ~手紙で聞く以上だぁ~」
姉さんは身もだえしながら顔をこれ以上ないくらいに緩ませる。
バリスさんと全く同じ反応である。
「こんなにかわいいんだったら、お仕事なんてほっぽりだしてすぐに会いに来るべきだったよぉ~」
「おしごと?」
「そ、お仕事だよぉ~」
働いているのか。
見た目は生前の俺より少し若いくらいに見えるから16ぐらいか。
姉さんをよく観察してみると、胸部にプレートのようなものをつけていた。
それは前世で戦いの日々を送っていた俺の目で見ても良いもので、そこそこの値段のしそうな見事な防具だった。
見た目に寄らず、戦闘職なんだろう。
姉さんはオレを抱えながら庭を歩く。
「ほら、リースちゃん。あれがあなたの名前の由来になったシルフェリオンのお花ですよぉ~」
そこは庭の一角、白い花が咲き誇っていた。
どれだけ時を経ても変わらない花。
『不変』の花である。
「きれい…」
間近で見ると、そうとしか言いようがなかった。
周囲の他の花とは一線を画すその存在感。
しかしそれでいて主張しすぎない奥ゆかしさ。
どこをとっても完璧な花であった。
「綺麗だよねぇ~。そのうち枯れちゃうなんて残念だなぁ~」
「かれちゃうの?」
シルフェリオンの花が枯れる?
そんなことあるわけない。
『不変』だからこそシルフェリオンの花なのだ。
「これはねぇ、亜種とでも言ったらいいのかなぁ~。とりあえず、本物の花じゃないんだよねぇ~。だから枯れちゃうのぉ~」
姉さんは心底残念そうにそう語る。
まあそうなのかもしれない。
実際、初めてシルフェリオンと聞いた時は「マジで!?」と思った。
それだけ珍しい花で、オレも物語の中でしか聞いたことが無かった。
「そっか……」
「ああぁ~そんな悲しい顔しないでぇ~。そうだ!お姉ちゃんがいつか、本物のシルフェリオンの花を見つけてきてあげるよぉ!!」
「ホント!?」
「うんうん。きっとこのお花よりもきれいだよぉ~」
そうだ。
無いのなら見つけ出せばいい。
前世では恵まれた人生を送れなかったオレは自分で道を切り開いてきた。
姉さんはこう言っているが、必ずいつか、オレの手で本物を探し出して見せよう。
オレはそう決心した。
「あら、リースが誰かと話してると思ったら、リーアじゃない。思ったより早かったわね」
オレと姉さんに話しかけてくる声、それは母さんだった。
「ああ、母さんただいまぁ~」
「あなたも変わらないわね。鎧くらい脱いできなさい」
「早くリースちゃんに会いたかったんだよぉ~」
そしてまた俺に頬ずりする。
母さんは「仲良くなれたようね」と笑い、姉さんに屋敷の中に入るように促した。
その後、家族三人水入らずで楽しい時を過ごした。