リーシア
転生してから一か月程が経つ。
やはり魔族の身体は成長が速いらしく、生後一週間ほどで離乳した。
それまで何を食べていたかって?
母さんのおっぱいです。
……いや、オレだって見た目は赤ん坊だけど中身は18歳の男だよ。
大の大人(精神的に)が女性のおっぱい吸うなんてどうかと思う。
でもお腹は空くし、第一、母さんに抱きかかえられると抵抗もできない。
吸わないと解放してくれないのだ。
……まあそれも建前みたいなものなんだが
でも女性の胸なんて触ったのも初めて(オレの記憶では)だが、思ったより興奮はしなかった。
多分相手は母親だからそういうのも感じないのだろう。
だが包み込まれるような安心感は感じた。
前世の母さんを思い出して少しうるっときた。
オレが誕生した日以降、魔王陛下はお忙しいのか昨日まで会いにはいらっしゃらなかった。
ちなみに心の中で敬語を使っているのは、念話で会話したせいでもある。
あんな事が出来るんだから、あの人には心の声なんて筒抜けだろ。
敬語はいいって言ってたけど、普通に怖いし、あの人には敬語で決定。
ちなみに魔王陛下の代わりにバリスさんはしょっちゅう来た。
来るたびにオレを抱いてくれたし、離乳食を食べさせてくれたりもした。
相変わらず無意識に色気を周囲に振りまいていて、こっちには多少興奮した。
いい気分でした。
興奮と言ってももちろん精神的なものである。
だが物理的にはどうしても興奮できない、ということに気づいたのはその頃だった。
どういうことかというと、無いのだ。
何が無いかというと、アレである。
『リーシア』って呼ばれた時点でなんとなく察しましたよ。
ああ、オレには男の子のしるしはもう無いんだって。
身体は変わろうとも思考は男なので寂しさはあった。
我が息子の冥福を三日三晩祈った。
だが時間が経って自分の身体を観察できるようになると、ある事に気づいた。
無いのだ。
女の子のしるしも……!!
オレも目を疑った。
実際に見たことは無かったが、男の子には無いものが女の子にはあるという事は知っている。
だがオレの股には何も無かったのだ。
凸凹のない、つるんとした白い肌なのだ。
そういえば、それまで排泄もしたこと無かった。
まあ出る場所がないんだから当たり前なんだが。
自分で考えてみても答えは出ないので、昨日魔王陛下に尋ねてみた。
『お前の種族、ジルド族は魔界にも稀有な種族で、物質的精神生命体なんだ。つまり精神生命体が受肉して活動している。精神生命体ゆえ、番にならなくても子供が出来る。性別は無い』
……ということらしい。
精神生命体っていうのは、幽霊とかそういうものの名称だという事は知っている。
今のオレは幽霊が肉体を得ている、みたいな状態だという事か。
幽霊ってのは間違ってないけど。
ジルド族は出産の現場を見られるのを嫌がるそうで魔王陛下にもメカニズムはよく分からないそうだが、相手がいなくても子を成す事が出来るので性別が無いそうだ。
ただ何故か見た目は皆、女性型なのだという。
男性型がいても不思議じゃないと思うんだけどなぁ。
魔族領では様々な種族が同居しているため、それぞれの種族の生態について、その理由とかが解明されていないらしい。
まあオレが魔王陛下の息子だって線は消えたわけだ。
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そろそろ一か月経つので、喋る練習をしてみようと思う。
魔族領と人族領では言語にも細かい部分で違いはあるが、ほぼ一緒だ。
この一か月でマスターした。
その練習の成果を見せてやろう!!
ご飯(もう離乳食も卒業した)を食べさせてくれる母さんの目を見ながら、オレは口を開いた。
「……かーたま」
まだ滑舌がおぼつかないが、なんとか言葉になった。
まるで小鳥が囀るような自分でもびっくりするくらい可愛い声だ。
母さんは一瞬きょとんとした顔になったが、すぐにふんわりとほほ笑んだ。
「リース……」
「まあ、リースちゃんが喋ったわ!!」
母さんよりも大きな声で喜んでいたのは、今日も遊びに来ていたバリスさんだった。
今は子供が初めて喋るという、親にとって感動的なシーンなんだからもうちょい静かにしていてくれよ。
この人はとにかく明るくて接しやすそうなのだが、空気が読めない節がある。
「バリスおばちゃんって呼んで!!呼んで!!」
バリスさんが一気にオレに顔を近づけてそう捲し立てる。
仕方ないから呼ぶことにした。
「バ……リシュ…おびゃ……」
「キャー!!カワイイー!!」
上手く言語化できなかったが、バリスさんにはそれで十分だったようだ。
クネクネと体をくねらせて喜びを表現する。
胸もバインバインと揺れて眼福だった。
「喋るの少し早いんじゃない?賢いわねーリースちゃん!!」
「そうね。賢いわ」
2人の美女に頭を撫でられ、オレは満更でもなく照れてしまう。
中身は成熟した大人な事を知らない2人を騙している気分だが、褒められて嬉しくないわけがない。
その後も二人に「これ言って!」とリクエストされながら、オレはそのリクエストにできるだけ応えていくのであった。