白い部屋
初投稿
4話連続投稿
3投目
「……ここは…」
真っ白い部屋で俺は目を覚ました。
とっさに浮かんだ感想としてもお粗末だと自分でも思うが、それしか特徴のない部屋だった。
白い壁、白い天井、白い床。
部屋の家具は白い机に白い椅子だけ。
その机の上にも何枚もの白い紙が積み上げられている。
だが、部屋の内装よりも驚くべきことがあった。
「俺の……足……手も……」
俺はその白い部屋に自分の足で立っていたのだ。
切り落とされたはずの二本の足で。
俺は自分の手をまじまじと見る。
あの悪徳司教に捕縛され、拷問の末に切り落とされた俺の腕。
鍛え上げた筋肉でほどよくしまった逞しい腕である。
たこが潰れ、でこぼこした手のひらを握ったり開いたりしてみる。
それはまぎれもなく俺の意思で動く俺の腕だった。
「いや……腕なんかより……俺は生きているのか?」
覚えている最後の瞬間は、あの司教が動けない俺に手を伸ばすその光景である。
あの状況から五体満足で生き残るなんて考えられない。
切り刻まれ、嬲られ、むごたらしく殺されるのが普通だろう。
だが俺はこうして立っているし、自分で物を考えている。
「訳が分からん……」
最初に頭に思い浮かんだ可能性、それは司教が言っていた禁術である。
ここは禁術により生み出された空間で、俺はここで想像もできないような拷問をこれから受ける。
そんなところか。
では俺は生きていないのだろうか。
俺は自分の胸に手を当ててみる。
分厚い胸板の向こうから鼓動が帰ってくることはない。
少なくとも死んだのは間違いないかもしれない。
するとその瞬間、背後から物音がした。
振り返ってみると、白い壁が俺に向かってせり出してきていた。
いや、これは扉だ。
扉が開いているんだ。
扉まで真っ白なせいで壁と同化してしまってそれまで気づけなかったのだ。
そして扉が開き切ると、その向こうからくたびれた眼鏡をかけた中年男性が現れた。
その茶髪は白髪が混じり、眼もどこか疲れたような眼差しで、全体として冴えない印象だ。
俺はとっさに戦闘態勢に入り、腰の剣に手を伸ばそうするが、腰の違和感に気づく。
剣を持っていないのだ。
考えてみれば当たり前の話だ。
捕まえた敵の武器を取り上げないなんて間抜けにもほどがある。
俺は歯噛みをして体術の構えをとる。
だが男性はそんな俺を面白くなさそうに一瞥すると
「……はあ。そんなのはいいから。さっさと済まそう」
とため息をつきながら部屋に入ってきた。
そのまま警戒する俺の横を素通りし、白い椅子に座り机の上の資料を手に取る。
行動から敵意を感じないので、俺は構えを解く。
ただし警戒は緩めない。
男の一挙手一投足を見逃さないように注視する。
「……はあ。今日は定時にあがれると思ったのに、何でこんな面倒な仕事が入るんだ…」
男はまたもやため息をつくとずれた眼鏡をかけなおし、資料に目を通す。
「……お前は誰だ?ここはどこだ?俺は死んだはずだ」
俺は出来るだけ低い声で男にそう尋ねる。
胡散臭い男だが、何も情報が無いよりもはるかにマシだ。
「分かりました。順を追って話しますから落ち着いてください。アルバート・アイアンスピアさん」
「…………」
うーむ。何やら様子がおかしいな。
目の前の男からは俺を害しようという意思は感じられないし、何やら妙な雰囲気だ。
司教の仲間ではないのだろうか。
「分かった。話を聞こう」
「助かります。こんなこと早く終わらせる方がお互いのためですよ」
そこで男は資料から目をあげ、俺を見る。
「先ほどの質問から順番に答えていきましょうか。まず貴方は死んでいます。これは間違いない」
「……そうか」
普通「お前は死んでいる」などと言われたら「ふざけるな!」となるのだろうが、俺はその事実をあっさりと受け入れた。
身体の損壊が完全に治っていることや、心臓が動いていないのにも関わらず活動できているのは事実だし。
そう考えた方が何かと考えやすい。
「つまり、ここは死後の世界ってことか」
「まあ似たようなものです。私はそこのしがない事務員ですよ。安月給のね」
つまり俺はあの司教に殺され、死後の世界に来たわけだ。
にわかに信じられる話ではないが、これを前提に話を進めよう。
「で、そんな事務員とやらが俺に何の用だ?地獄行きか天国行きかを言い渡そうってか?」
「だったら話は簡単だったんですよ。私がわざわざ残業することもなかった」
「何言ってるかわからないが、じゃあ何だ?」
「そこから説明しましょう。貴方、聖神をご存知ですよね?」
ッ!?
何でここでその名前が出てくるんだ?
聖神。
知らないはずはない。
「聖神教の唯一神だろ。人族でそれを知らないわけがない」
聖神教は人族最大の宗教である。
その歴史は古く、その名前と総本山であるアーチス―ト神殿は三千年は昔に書かれた歴史書にすら名前が載っているほどだ。
その内容は、聖神のために日夜善行を捧げ続けると、死後に聖神の使徒として召し抱えられ永遠の安寧を手に入れられる、といったものだ。
元々遠い昔の戦乱の時代に始まった宗教らしく、その分かりやすく親しみやすい教義と長い歴史から、今では信徒の数は世界最大を誇っている。
「ええ。人族の中ではそういう認識ですね」
「何か引っかかる言い方だな」
「聖神の説明としては、不十分な点があるんですよ」
「……先に言っておくが、重箱の隅をつつくような話ならやめてくれよ。俺は聖神教には詳しくないんだ」
俺の父は敬虔な聖神教徒だったようだが、俺は違う。
両親と妹を失ったあの日から、俺は縋る神など捨て去ったのだ。
だから細かい教義や聖神のあれこれについて細かい指摘をされてもどうしようもないのだ。
「聖神は唯一神ではありません。たくさんいる神の中の一柱であることには変わりませんが」
「唯一ではない、とか言われてもな…まず、神がいるというのは間違いないのか?」
「ええ、かくいう私……の上司も数多いる神の一柱です」
「ということは、お前はその神の使徒……ということか?」
「ええ。人族の認識ではそれは間違いではありません」
目の前の男が神の使徒……
仕事に疲れた中年男性にしか見えないんだが……
使徒ってのはこう、もっと威厳のある神々しい姿なんじゃないのか?
俺の勝手なイメージにすぎないが。
「……ちなみにお前の上司である神は名前とかあるのか?」
「神に名前なんてありませんよ。あなたの知っている聖神だって人族にそう呼ばれているだけです……まあ強いて言えば邪神ってところでしょうか?」
「はあ!?邪神!?」
いきなりおどろおどろしい名前が出てきたぞ!?
本当にこいつを信用しても大丈夫なんだろうな!?
「聖神に対立する立場としての邪神というネーミングですよ。別に本人は世界をどうこうしようとか考えていないのでご安心ください」
「なんだよ……」
「話を続けましょう。私の上司である邪神は先ほど言ったように世界を破滅させるだとか、そういうことは一切考えていない無害な神です。しかし、聖神は違います」
「世界を破滅させることが目的なのか?」
「まあ似たようなもんです。この辺りは長い長い昔話をする必要があるので割愛させていただきます。要は、聖神と呼ばれる神が悪者で、こいつの好き勝手にされるとその他の神が迷惑するという話です」
なんだか重要なポイントを一気に飛ばされた気がするな…
聖神は実は世界を破滅させようとする悪い神で、邪神をはじめとした他の神がそれを疎く思っているということか。
こんなこと街の広場で演説したらすぐに教会にしょっぴかれて処刑されるな。
それぐらい、俺の知っている聖神教とかけ離れている。
ていうか……
「聖神教そのものはどうなんだ?それを知っているのか?」
「ほとんどは真実を知らずに教義を全うしようとする敬虔な教徒か、利権を貪ろうとする腹黒い愚か者ですよ。しかし、聖神の本質を知り、積極的に協力する輩もいます」
「………」
「今回私が頭を抱えている問題は聖神に入れ知恵された、人族の協力者が起こしたんですよ」
「……その問題っていうのは?」
俺は気づかないうちに何やら嫌な汗をかいていた。
喉もカラカラで、少しでも水分をとろうと口内の唾をのみ込む。
邪神の使徒はめんどくさそうにため息をつくと
「それが貴方なんですよ」
と俺を指さして言った。
「………」
「………」
妙な沈黙が流れる。
静寂を破ったのは俺だった。
「……俺の予想が正しければだな…」
「ええ、おそらく貴方の思い描いている人物が聖神の使徒ですよ」
……やはりか。
俺が思い浮かべたのは死の直前に見た悪徳司教の顔である。
奴が聖神の使徒なのか。
やけに若いのに司教だし、数年前から見た目も変わらない。
しかも俺はレジスタンス時代、奴に何度も煮え湯を飲まされた。
奴ほどその肩書が似合う奴もいまい。
「彼は貴方に禁術をかけましたよね?」
「かけると言っていたな。実際にかけた所は見ていないが」
「彼が君にかけた禁術、それは『外道転生』というものです」
「『外道転生』?」
また物騒なものが出てきた。
急に詰め込まれても理解しきれるかな、俺。
「私の上司は万物の輪廻転生を司っています。全ての生き物の魂は死ぬと私の上司の下に集まり、新たな生を受けて地上に戻る。それをこの世界は何度も何度も繰り返しています。その理を歪めてしまう禁術、それが『外道転生』です」
「うーむ」
リンネテンセイ……という言葉の意味はよく分からないが、一度死ぬと別の体でまた誕生からやり直せるよ、ってところかな?
「もちろん初めてその外道の技が使われた時、私の上司は大変激怒して、その技を生み出した神を滅ぼしました。自らの領分を汚す不届き者が許せなかったのです。そして今回あなたにかけられたのも、多少細部に違いはありますが『外道転生』です」
「具体的にはどういう術なんだ?」
「輪廻転生に干渉する、というものです。分かりやすく言えば……対象を好きな場所に転生させられるってところでしょうか」
「……それだけ?」
「いえ、今回はそれ以外にも様々な術が複合してかけられていました『魂干渉』『記憶操作』『思考誘導』『服従の印』エトセトラ…」
「それがどんな事を引き起こすんだ?」
「つまり、あなたの魂に干渉し、記憶も操作し、思考を縛り、聖神に絶対服従の使徒に改造して好きな場所に新たな生を受けさせるということです」
「なっ……!!」
術の名前だけを聞いた時はいまいちピンと来なかったが、内容を聞いてみると酷いものだった。
これは俺の権利や主張を無視した一方的な改造なのだ。
死ぬ前のあの司教のムカつく顔が再び思い出される。
「あの野郎ふざけんな!!」
「ええ、ええ。私の上司も同じことを言ってご立腹でした。その対象は聖神ですが」
邪神の使徒は苦笑いを浮かべながらそう言う。
激怒した邪神を思い出してでもいるのだろうか。
……それってなんか怖そうだな。
俺は少し気持ちを落ち着かせる。
「上司は大変激怒しておられましたが、実は今、上司は動ける状態にありません」
「なんでだ?」
「細かいことを言うと長くなりますし、言う義理もないのですが……前回『外道転生』が行われた時滅ぼした神より受けた傷が癒えていないってところです。だから今回私が事の収拾に当たるように仰せつかったわけです」
「なるほど。大体の理由は理解できた」
邪神の使徒の説明が丁寧だったのもあるが、自分でいうのは何だが俺は昔から物覚えはかなり良い方だ。
聖神と邪神の諍いに巻き込まれたことは理解した。
「ここからが本題です。私の力によりその使徒がかけた『魂干渉』その他諸々は易々と解除出来ましたが、聖神による『外道転生』は解除することができませんでした。このままでは貴方は聖神が指定した場所に転生してしまいます」
「マジか……」
邪神の使徒にかかればあの司教ぐらいの力なら打ち消せるが、さすがに神のかけた術までは消せないのだ。
やはり向こうに神がついているってのはかなり不利なんじゃないか?
「いえ、事態はそこまで悪くはありません。聖神もホイホイと地上に干渉出来ませんし。なにより貴方はその記憶、人格をそのまま保持した状態で転生できるのです」
「普通はできないんじゃないのか?」
「今回は特例です。上司の許可も取ってあります」
転生しても前世の記憶を保持したままだとしたら、俺もそのことを覚えているはずだ。
しかし今回は記憶を持ったまま転生させてくれるらしい。
ここまでの話から、邪神の使徒が俺に何をさせたいかが分かってきた。
「一度しか尋ねませんよ。アルバート・アイアンスピア」
「……ああ」
「あの司教への復讐もかねて、聖神への嫌がらせに加担する気はありませんか?」




