決闘
「リース、どこからでも、どんな攻撃でも構わないわ。かかってきなさい」
「……分かったよ。胸を借りるよ、母さん」
「頑張るのじゃぞ〜」
オレの屋敷の前、母さんとオレは向き合っていた。
オレは右手に剣を構え、腰に魔銃をさしているが、母さんはいつもの格好に素手だ。
今から決闘をする人間の格好とは思えない。
だがその目にはいつもの柔和な雰囲気は一切ない。
それはまるで獲物に向き合う肉食獣のようだ。
見つめられているだけで手に汗がにじむ。
これは一筋縄ではいかないな。
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その日は珍しくミラの方からオレの家に訪ねてきた。
アンナもいない。
母さんが客間に通しお茶を出す。
ソファに座ったミラの正面にオレが座り、その横に母さんが座る。
話はミラの方から切り出してきた
「来年から学園に通うこととなった」
「学園?」
「うむ。妾はどうでもよいのじゃが、親父殿が通えと言うのじゃ」
「その学園って魔帝国内の?」
「いや、セリーア魔法学園じゃ。世界から色々な者が集まるから見聞を広めてくるように、と」
「へぇ〜」
セリーアという街は知っている。
確かこの国から馬車で1週間ほど東に行った所にある永世中立都市だ。
セリーアなら他の国も簡単には手が出せないので、この前のように襲われたりする心配もない。
さらにセリーア魔法学園は世界最高峰の魔法学園と呼ばれており、大陸の外からも色々な人が集まる。
「なるほどなぁ〜。オレも付いて行こうかな〜」
「それは無理じゃ」
「え、何で?」
「セリーア魔法学園に入学するためには最低11歳じゃないといけないのよ、リース。あなたはあと3年は待たないと」
母さんが代わりに答えてくれた。
オレはもう少しで8歳だから、確かに3年待たないといけない。
「そうなのか……じゃあしばらく離れ離れになるんだな」
もちろんゴルドからセリーアまで毎日通える距離ではない。
ミラはセリーアに住むことになるだろう。
「うむ。残念であるが、こればかりはどうしようもないのじゃ……」
「そうだな……」
「………お主はどうする?」
「どうする……って」
どうすると言われても、オレはミラについて行けないからなぁ〜。
「ミラが学園に行ってしまったら遊び相手もいなくなるし、オレも行ってみたいとは思うけど、母さんが3年待たないといけないって言ったじゃん」
「うむ。魔法学園に通うのは3年待たねばならぬ。故に、その間……」
ミラは1度言葉を切り、息を吸い込んで言葉を続けた。
「お主、世界を周ってみんか」
「……というと?」
「もうお主は冒険者ギルドに登録できる歳であろう?だから学園に通えるようになるまで、冒険者として見聞を広めてみんか?いや、広めよ。お主は妾の家臣なのじゃからな」
オレだって(心は)男だ。
前世でも冒険者への憧れはあった。
まぁあの時はそれどころじゃなかったんだが……
だが今は違う。
オレは来年で8歳。
聖神教とは決着をつけなければいけないが、別に急を要するわけではない。
ミラも中立都市にいれば前みたいに襲われることもないし……
「いいかもなぁ……」
「で、あろう!ゴルドで燻っているよりも有意義であるぞ!」
そうだな!
冒険者、いいかもしれない!
少しワクワクしてきた!
「よし、オレは冒険者になって色々世界を見て周るよ!」
「お主ならそう言うと思ったぞ、リース!」
「ちょっと待ちなさい。リース」
いつもからは考えられないほど低い母さんの声にオレはそっちを振り向いた。
母さんは腕を組み、真剣な顔でオレを見つめていた。
「今、冒険者になるって言ったけど、それはこの家を出て自立するって事で間違いないわね?」
「あ、ああ……そういう事に……なります」
いつもと雰囲気が違いすぎて語尾が敬語になってしまった。
いつもの優しげな雰囲気はそこにはなく、視線だけで体が貫かれそうなほどだ。
「そう……リーアは学園に行く時だったから、あなたは3年は早いわね」
「ど、どうしたっていうんだ?」
「リース、もし家を出て自立したいと言うのなら……」
母さんはそこで言葉を切り立ち上がった。
「表に出なさい」
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そのまま母さんは有無を言わせずオレを外に連れ出し今に至る。
正直あまり状況が飲み込めないが、冒険者として出て行くのなら私を倒していけというヤツだろう。
魔族としての仕来りでもあるのかもしれない。
母さんの実力にも少し興味があったし、向こうからやろうと言われたのから断る理由はない。
「行くぞ、母さん!焼き尽くせ!『火弾』!」
オレは左手を母さんに向けて得意の火属性魔法を詠唱した。
いつもなら母さんが近づいてくるのを待ち、ギリギリまで引き付けるところだが、母さんは動く気配は無かった。
どこからでも来い、と言っていたし、初手はオレに譲るつもりだったのだろう。
だからオレの使える最速の魔法を使い、まずは母さんの出方を伺う事にした……のだが。
「っ!?」
オレは本能的に横に飛んだ。
その瞬間、オレの放った『火弾』を貫通し、何かがオレのいた場所を穿った。
凄まじい速さだった。
勘で避けれたからいいが、見てからの回避は不可能だっただろう。
母さんを見てみたが、先程と全く微動だにしていない。
何かの魔法を使ったはずなのだが、詠唱が聞こえなかった。
つまり……
「詠唱完全破棄かよ……」
しかも穿たれた穴を見るに、中級魔法ぐらいの威力はありそうだ。
遠距離において、母さんは先に動く必要は無かったのだ。
オレが魔法を先に使おうとも、後出しでそれを迎撃出来るのだから。
「グリモワール翁が魔法を教えたって言ってたな、そういえば……」
今のやり取りで分かった。
魔法戦では全く歯が立たない。
オレも魔法適性は高い方だが、母さんは別格だ。
ジーナのように精霊の力でも借りないと、逆立ちしても勝てない。
オレは戦闘スタイルを切り替える事にした。
母さんにダッシュで近づく。
近接戦だ。
オレは遠距離タイプだが、近接戦の訓練もしている。
母さんに通用するかは分からないが、相手は素手だ。
試してみる価値はある。
母さんは迎撃しようともせずに突っ立ったままだ。
「……次は近接戦闘ね」
「たぁっ!!」
オレは右手の剣を振り下ろす。
母さんは微動だに……
右腕に激痛が走った。
「ぐあっ……!」
「あら、もうお終いかしら?」
気づくと母さんの左腕がオレの右腕に巻きつき、そのままオレの右腕の骨を折っていた。
あまりの激痛に剣を取り落としてしまう。
「くっ……!」
ジルド族の能力、痛覚の遮断を行う。
右腕の痛みは和らいだが、全く力が入らない。
オレは近づく時に引き抜いていた左手の魔銃を母さんに向かって構え、引き金を引く。
僅かに脳に伝わる右腕の痛みが躊躇いなど吹き飛ばしていた。
「ぐっああああ!!!!」
だが次の瞬間、左目を襲う強い痛みに悶えることとなった。
オレが撃った弾丸を何かが貫通し、そのままオレの左目を中程まで穿ったのだ。
左手で左目を押さえると、小さな塊がコロンと出てきた。
小石だ。
「あっ……ぐあっ……!!」
左目からはドクドクと血が流れ出る。
痛覚遮断していても脳に響くような強い痛み。
まだ見える右目を見開くと、母さんが蹴りを放つのが見えた。
避けれるタイミングでは無かった。
腹にモロに受けてしまい、オレは吹き飛ばされてしまう。
腰を強く打ち付け、呻き声が出た。
肋も何本か折れてしまったかもしれない。
右腕、左目、肋を重点的に意識しつつ、全身に魔力を循環させる。
この身体は魔力を循環させる事によって治癒力を高める事が出来るのだ。
だが思った通りに身体が動いてくれるまではまだ時間がかかる。
四つん這いになりつつもなんとか身体を起こす。
なんという実力差だ……
ゼロ距離からの魔銃まで無力化されるなんて……
近接戦はダメだ。
何をされたか認識すら出来ない。
ここは一度距離をとって……
ああ、それはダメだったんだ……
思考がまとまらない。
痛みで脳がジンジンとする。
痛覚遮断しても意味ないじゃないか……
「ねえリース。あなたは何のために戦うのかしら?」
「な……何の……ため?」
「ええ。そうよ」
母さんは動けないオレを攻撃しようともせず語りかけてきた。
「昔からあなたは良くできる子だったわ……すぐ言葉を喋ったし、走ったし、魔法まで使えるようになった……でもね、いくら強い武器、強い魔法を使えても、意志が伴わなければ意味をなさないわ。強い意志はそれこそ世界を変える力を持っている。あなたにそれがあるかしら?」
「強い……意志?」
「それがないうちは冒険者は諦めた方が身のためよ。それはそういう世界なのだから」
オレの戦う理由……
それはもちろん、聖神教に復讐するため……
いや、本当にそうなのか?
オレは一度死に、魔族として生まれ変わった。
その際確かにアルバートは死んだのだ。
今ここにいるのはアルバートではない。
アルバートの記憶を持ったリーシアなのだ。
復讐心はアルバート・アイアンスピアのものにすぎない。
リーシア・シルフェリオン・ジルドに聖神教との関わりは一切ない。
もし復讐を果たしたとして、その後リーシアには一体何が残っているのだろうか?
このままアルバートの無念だけを原動力としてリーシアとしての人生を歩んでいていいのだろうか……
オレは……何のために戦うんだ?




