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ガリウスの救世者  作者: たぷから
第2部「絶海の隠者」
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第2章 2-1 バルビィ

 2


 風が強かった。


 潮の匂いが鼻にこびりついて、先程のお茶の芳香を完全に消し去った。


 歩きながらバルビィがまた腰のポーチから葉巻を出し、ガリアの火花を手の内で散らして、火を点ける。吐き出した煙が、すぐに潮風へ散った。


 「ギロア様が茶を淹れるときは、こいつは厳禁なんだ。そういうきまりでね」

 手に持った葉巻を差し出しながら、気安くカンナへ語りかけた。


 「ウガマール産の高級品だ。こいつじゃないと、ふかした気がしねえ」

 カンナは緊張を解かない。


 「まあそう固くなんなよ。おれも、いわゆる竜側の国で生まれ育ったんだが、あいつらの仲間ってわけじゃあない。雇われてるのさ。だから、あんたがあいつら以上にカネを出すってんなら、あんたに雇われたっていいんだぜ」


 にやついた隻眼で、カンナを振り返った。その眼の奥に、底知れない殺意がこびりついているのをカンナは感じ取った。この人も、やはり殺し屋だ、そう思った。


 やがて午後の賑わいみせる港町へ入り、二人は一本しかないメインの通りを歩いた。子どもが走っていて、女たちが買い物をし、道端で話し込んでいる、まるでどことも変わらない風景だった。男たちは漁師なので、この時間は家で休んでいるのだろう。ただ、島民たちの話している言葉が、聞き慣れない。ギロアの館の下女が云っていたパーキャス語というやつだろうか。しかし、サラティス語で話している者も多かった。


 「バルビィ様、ごきげんよう」

 「おいバルビィ、タラの大きいのが上がったんだ、ギロア様に持って行っておくれ」

 「バルビィ、ちゃんと食べてるかい? 女盛りが、たばこばっかり……」


 みな、気さくに話しかける。だが、だれもカンナにはふれない。カンナを見もしない。視線を感じない。まるで見えていないようだ。


 「ここがあんたの家だ。ギロア様の持ち家だから好きにつかってくんな。なあに、あの館であいつらと暮らすよりゃいいだろ? おれの家もすぐ近くなんだ。おれも、あすこで暮らすのはごめんだからよ。あいつら、ちょっとおかしいんだよ」


 ゲアハハハハ! 妙な笑い声を発し、葉巻の煙を吐いてバルビィが笑う。冷たい風が吹きつけて、バルビィは吸いつけた葉巻を捨て、両手を抱えた。


 「いやんなっちまうなあ。ここは、とんでもなく寒いんだ。風がつめたくてな……古傷にしみる。だけど、いい温泉があるから助かってる。どうだい、あとで飯でもくわねえか?」


 「い、いや、けっこうです」

 「まあそう云うなって、ここで会ったのも何かの縁じゃねえか!」

 バルビィがカンナの肩を無理やり抱いて叩き、大声を出した。


 「カネなら、あいつらからたっぷりもらってるから心配すんなよ! 払いはおれがもつぜ。風呂にも案内してやるよ」


 葉巻くさい息を吐きながら、バルヴィがカンナへ囁く。

 「話があんだよ。手助けしてやったっていいんだぜ」


 低い囁き声でそう云われ、カンナは心臓が早鐘を打ち、ゴクリと喉を鳴らした。バルヴィの残った左眼は、デリナを思わせる底の無さだった。



 夕刻、バルビィのいきつけだという小さな路地裏の飯屋で、カンナは隅の席にバルビィとついた。木壁の小屋作りの店は狭く、カウンターに四、五人。二人がけの席が三つというところだった。この夕刻近い時間、店はほぼ満席だった。漁師たちの吸うパイプの煙が室内を曇らせている。漁師は朝が早いので早いうちから飲んで寝てしまう。


 「おう、バルビィ、今日は珍しく二人か。そいつは……?」


 老年の域に達しかけた、しわだらけの痩せたおやじがカンナの風体を不思議そうにみつめる。髪が無い。


 「おれの連れだよ。あたらしいガリア遣いだ。こいつがちゃんと見えるようだな?」

 「そら見えるさ。不思議な……見たこともねえ部族のようだが……」

 「カ、カンナです。ウガマールからきまして」


 「へえ……ウガマールから……ウガマールの人は、もっと色黒だと思ってたがね。まあいいさ。なんにする?」


 「いつもの。酒は二人分」

 おやじが返事も無しにカウンターの奥へ行ってしまう。


 「あ、あのわたしお酒は……」

 「飲み方くらいおれが教えてやるよ。それより、気づいたか?」

 「なにがですか?」


 「あのおやじは、ギロア様の術がまだそんなに効いてない。だからあんたが見える。通りのやつらは、あんたが見えてないよ。云ってる意味がわかるか?」


 「え!?」

 カンナは眉をひそめた。

 「いや、分かりません」

 「まあ、飲めや」


 バルビィがまた葉巻をふかして、おやじが持ってきた木のジョッキを二つ受け取り、ひとつをカンナへおしやった。島特産のハーブエールだ。


 「はいはい、かんぱーい」


 バルビィがジョッキを当て、そのまま半分ほど一気に流し込む。カンナも恐る恐るなめてみたが、思ったより甘く、飲みやすかった。強い匂いというか、クセはあったが。


 「かあー、エールだけはうまいぜ、ここはよ」

 バルビィがにやっとして、口元の泡を葉巻をもつ手でふいた。

 「おれの料理がまずいとは、はじめてきいたな」


 魚介のスープ料理と、素揚げしてハーブ塩で味付けした白身魚の切り身、そして魚肉団子の魚醤焼きが並ぶ。雑穀粥と、さらに、牡蛎の焼き物も出た。


 「食おうぜ」


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