第2章 1-2 コンガルの暗殺者たち
「みんな!」
ギロアの凛とした声にカンナがびくりと肩をふるわせる。
「聞いてちょうだい。この子が、ダール・デリナと相討ちを演じたカンナよ。大したものだと思わない? たとえ、黒衣の参謀といえども、相手はダールよ」
誰も、何の反応も無い。カンナは、なんでここにいるんだろ? という気持ちになった。
「ま、座ってちょうだい。話があるの。……マウーラ」
「はっ」
「カンナに飲み物を。お茶を淹れてちょうだい、わたしにもね」
「かしこまりました」
カンナが、用意された卓へ差し向かいでギロアと座る。隣の卓ではまだバルヴィがカードを切っていたが、葉巻は消した。シロンは無表情のままギロアの後ろに立ち、ヴィーグスは変わらず床へ座り込んだままグッ、グッ、グッと低く笑っている。いや、笑っているのか呻いているのかもわからない。その澱んだ眼が、上目でカンナをずっととらえていた。
(いやあ……居づらいなあ……)
カンナは変な汗が出てきた。メガネがずれてくる。
やがて湯が沸き、良い香りがしてお茶が運ばれてきた。茶は連合王国時代によくホールン川を越えて輸入されていたが、いまは竜の国となって交易が途絶え、ラズィンバーグで細々と栽培しているため超高級品だった。しかも、茶器は見たことも無い形と装飾をしていた。
「これは私の生まれ故郷、ディスケル=スタルのお茶と茶器よ。きれいでしょ?」
「ディスケ……?」
聴いたことも無い国だった。いや、国の名前なのか? それとも都市の名か?
「まさか……竜の……」
「そうよ」
流麗な仕草で、ギロアが小さなカップに茶を注ぐ。これは、カンナは初めて見たが、陶器ではなく磁器だ。草花の紋様も見事だった。茶も、紅茶と異なる不思議なフルーティーな香りがした。色も薄く、淡い黄金色だった。
「さ、どうぞ」
出された小さなカップが、あまりに美しい色と香りだったので、カンナは引き込まれ、思わずなんの疑いもなく口にした。衝撃的なまでの旨味と芳香に、口を手で抑える。飲んだあとの、自分の息までが鼻に抜けて爽快だった。
「美味しいでしょう? ねえ、カンナ。竜属の世界なんて……こっちじゃ、まるで人間が竜の餌にされているように語られてるんでしょう? そんな土地で、こんな美味しいお茶が飲めると思う? こっちとはそりゃ文化も習慣もちがうけど、竜と人は、共存共栄できるのよ。だって、神話の時代はそうだったじゃない。ウガマールで習わなかった?」
「た、たしかに……それは……そうかもですけど……」
それはしかし、何千年も前の話ではなかったか。
「ま、急に云われても実感わかないわよね。話をかえましょ」
ギロアがお茶のお代わりを淹れる。
「デリナと戦って、どうだった?」
「どうだった……て、それより、どうしてそれを? わたしの名前まで……」
「竜側では、あなたはすっかり有名人よ。ガラネル様も、あなたにご興味があるそうよ」
「ガラネル……ダールって……何人いるんですか?」
「興味ある?」
大柄だが、愛らしい笑顔でギロアはカンナをみつめた。その大きくて薄茶色に光った眼力がとびこんできて、カンナはくらくらした。
「ダールは、世界に七人いらっしゃるわ。それぞれ、七柱の竜皇神様の血と霊を引いているのよ。黒竜、白竜、赤竜、青竜、緑竜、黄竜、そして紫竜。ダールは七人が原則で、一人死んだら次が生まれるの。でも、たまに重なって七人以上いたり、逆に生まれるのが遅くて七人以下のときもあるというわ。今のところ居場所が分かっているのは四人よ。炎熱の先陣こと赤竜の娘、アーリー。黒衣の参謀こと黒竜の娘、デリナ。氷結の裁定こと白竜の孫娘、ホルポス。そして我等が主、死の再生こと紫竜の娘、ガラネル様……。黄竜と緑竜のダールは、いるのは間違いないんだけど、いまどこにいるのかは、分からないの。で……私たちはね、カンナ。このパーキャスに、深き先導こと青竜の娘、バセッタというダールを探しにきてるの」
「えっ……」
ダールを!?
さすがに、驚いて息を飲んだ。
ギロアがそんなカンナの反応を、やや意外というふうでみつめた。
「あら、アーリーもそのつもりでパーキャスに来たんだとばかり思ってたけど。それで、私たちは先んじて情報を集め、ガラネル様の指示を仰いで、奇襲したのよ」
「い、いや、わたしたちは、ただ単に……遭難して……」
「ふうん。そうなんだ。なんちゃって……」
うふふふ、と口を指の細い手でおさえ、肩を揺らして一人で笑うギロアに、他の誰もつきあわない。シロンとマウーラは無表情のままで、バルビィはまだカードを切っている。ヴィーグス……は、寝ている。
(ええと……どういう空気なんだろ……これ)




