第2章 1-1 ギロアの館
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カンナが目を醒ましたとき、立派な石造りの室内のベッドで横になっていたので、カルマの塔にいるのだと思った。しかしすぐに記憶を呼び戻し、眼鏡を探すと脇机の上にあったのでかける。頭痛がした。
メガネは割れていなかった。
アーリーが助けてくれたのとも思ったが、たしかバーレスで借りた建物は木造だったはずだし、ここはいったいどこなのか。
窓から見る風景は、とてもバーレス港に似ていたが、どこか異なっていた。なにより、高台にあって港を見下ろしている。旅の服は脱がされて、ここいらの衣服だろうか、見たこともない地味な服を着ていた。
と、ドアを開けたものがいたので、振り返って思わず身構えた。館の下女と思わしき服装の中年女性が入ってきて、なにやら聞きなれない言葉を発した。
カンナがぽかんとしていると、女性が笑った。
「ああ、ごめんなさい。いま、コンガルではサラティ語じゃなくて、昔ながらのパーキャス語の復権運動をしているの。私たちは、サラティスの支配地域じゃないのだから」
それは、きれいなサラティス語だった。
「はあ……?」
「ギロア様の御提唱なのよ。貴女の服を洗濯と補修しておきました。何かあったら呼んでちょうだいね」
そう云って、カンナの服を脇机に置く。
「いや、あの、どなたですか?」
「この館で、ギロア様の身の回りの世話をしているものです。ルネーテといいます。どうぞルネーテと呼んで」
ルネーテはそのまま出て行った。カンナは急いで着替え、逃げ出そうとした。
が、恐らくルネーテの報告を受けたのだろう、ちょうどドアを開けようとしたとたん、ドアが開いて、厚手のコンガルの女性服を着た人物が入ってきた。その人物とぶつかって、あまりの弾力に跳ね返される。人物を見て、カンナは硬直した。アーリーほどではないが高い背、見たこともないほど豊かで厚い巨大な胸、がっしりとした肩幅、長くて大きい手足、カンナのように色白な……いや、漆喰めいた病弱なまでに白い肌、そして真っ直ぐの漆黒の長い髪。
「デ……!!」
「あら、デリナに似てて?」
女は思ったより愛らしい丸い声に、笑みを見せた。その声が違うし、雰囲気も、髪質も違った。意図して忘れかけていたデリナの丸くてのっぺりした顔だち、長い睫毛と波打つ髪、虚空めいた眼とにやにやする口元、地の底から湧き出るような声が比較的に思い出される。この女性は鼻が高く、堀りもあってどちらかというと面影はアーリーに似ていた。が、アーリーほど精悍ではなく、愛嬌がある。
「デ、デリナを知ってるの?」
「ええ、知ってるわ。しかし、向こうは知らないでしょうね」
「あなたは……」
カンナは、なぜか震えてきた。カンナ自身が、カンナの魂魄が、精神が、そして肉体が、すさまじく共鳴している。
「私はギロア。紫竜のダール、死の再生ことガラネル様配下のガリア遣いよ。よろしくね、カンナ」
カンナは構えを解かない。さすがにガリアはまだ出さなかった。出した瞬間、敵対行動だ。自分より強いガリアで先に攻撃されても文句は云えない。緊張して、じりじりと下がる。
それは正解だった。ギロアの後ろに、シロンがいた。殺人者の目で、カンナを射すくめた。
「あら、そう強張らないで……下に行って話をしましょう? ね?」
「従ったほうがよいぞ」
シロンが目でそう云っていた。カンナはつばを飲み、ゆっくりとうなずいた。
「いい子だこと。さ、行きましょ。みんなを紹介するわ」
ギロアの声は、どこまでも澄んで優しい。まるで催眠術だった。
秋の薄い日差しにあふれた階下の広間には、マウーラ、バルビィ、そしてヴィーグスがいた。マウーラは律儀に直立してギロアとシロンを迎え、バルビィは卓で足を組み、何かカードを切って遊びながら葉巻をふかしている。しかし、その独眼で油断なくカンナを見据えた。ヴィーグスは彼女の習慣なのか、床に直接座り込んで低く笑っていた。
カンナはここに来てようやく、自分は囚われたのだと悟った。しかし、その割には扱いが丁寧ではないか?
「紹介するわ。わが配下の屈強なガリア遣いたち……副官のシロン、右からマウーラ、バルビィ、そして……ヴィーグスよ」
「ど、どうも……」
誰も何も云わない。バルビィのカードを切る音だけがする。カンナはひきつって、笑みとも緊張ともなんともいえない表情をするのがやっとだった。




