第1章 9-4 裏切りの嗚咽
アーリーが本能で恐怖を感じ、逃げようと見渡す。なんとマレッティが足を分厚い氷に捕らわれて、もがいていた。
アーリーは走って、マレッティを抱えた。盛り上がった海水がその頂点で一気に崩壊し、怒濤の波が物凄い速度で入り江に押し寄せた!!
「うおっ……!!」
斜面を登りかけたアーリー、たちまち津波に呑まれ、見えなくなった。
「大丈夫か、バルビィ」
シロンが気絶する眼帯の銃遣い、バルビィへ声をかけた。
バルビィがなんとか起き上がる。
「アチチ……やれやれ……まだ痺れやがる」
そして轟々と音を立てて入り江を呑み込む真っ黒い波の塊をみやった。
「こいつあ、なんとかうまくいったみたいですな」
「ああ」
「しかし、さすがダールだ。おれ様の弾をくらって、あいたたた、じゃ、自信なくなるぜえ。そしてこいつも……マヌケなツラして、とんでもねえ力を秘めてやがるぜ」
バルビィは横たわって気絶するカンナを見すえた。
「グ、ク、ク……こいつは殺すんですか? シロン様」
炎の鞭遣いが、にやにやしてカンナを見下ろす。
「いや、ギロア様が、興味があるそうだ。連れてゆく」
「では、私が運びましょう」
楯遣いがカンナを担いだ。
「おい! ……褒美だ」
バルビィが笑みを浮かべ、四人を見守っていたトケトケへ金貨を一枚、投げつけた。スターラのトリアン金貨だった。サラティスのカスタより金の含有率が高いのだが、純粋に大きさが小さいので、相場として貨幣価値はやや安い。
トケトケがそれを掴んで受け取り、カンナを連れて去ってゆく四人を無言で見送った。
丘の上のとある場所より、ニエッタとパジャーラが四つんばいになりながら、入江一杯に押し寄せ、数十キュルトも海面が盛り上がって轟々と真っ黒な渦を巻く津波を恐怖で震えながらみつめていた。
「ニ、ニ……ニエッタ……これで……これで本当に……良かったのかな……」
「良かったにきまってるだろ!! ア、アーリーを売れば、多少の退治は見逃してくれるって云ってんだ……ここしか……ここしかあたしたちの居場所は無いんだぞ……サラティスに戻ったって……」
そういうニエッタ、小刻みに震え、奥歯が鳴って止まらない。冷や汗がすごいのも、パジャーラから見てとれた。パジャーラは視線を暗黒の渦より外し、つぶやいた。
「……あいつら……約束守って……くれるかな……」
「……!!」
ニエッタは必死の形相でパジャーラに掴みかかったが、何も云えなかった。
そのまま、深くうなだれる。
そして、抱き合いながら二人で裏切りの嗚咽をもらしたのだった。
渦巻く音が、海響となってカウベニーの空にこだました。
入り江の沖を、海面に出ているだけで三百キュルトはあろうかという岩の塊のような巨大な竜が、遠吠えめいた啼き声を上げながら泳ぎ、何処かへと去って行った。
トケトケが、無表情で二人を眺めている。
風の慟哭が、二人の嗚咽を包んでいた。




