第1章 3-2 退治
「竜なんて、ほんと、どこからやって来るのかしらねえ。大昔は、遠くからやって来る伝説の怪物だったんだろうけどお、いまや狼や山猫よりたくさんいるわあ~」
そんなマレッティの顔はにこやかだった。昨日、風呂で云っていたように、彼女は竜退治がずっと終わらなければいいと思っている。
カンナは天を仰いだ。故郷と同じ色をしている。世界は間違いなくつながっている。
塔へ戻ると、最上階の広間には既にアーリーとフレイラがそろっていた。カーテンが開けられ、朝日が部屋の隅まで清めている。
アーリーがその指定席より立ち上がり、三人へ指示をだした。
「都市政府からカルマへ依頼が来た。先日、サラティスへ侵入したバグルスを撃退する。バグルス相手だ、四人で引き受ける。報酬は一人五十カスタ。直接バグルスを殺した者にはもう五十出る。また、セチュ達の偵察によると、都市の周囲には既に軽騎竜が三匹と主戦竜が一匹潜んでいる。これはコーヴとモスクルに撃退依頼が出たので、張り切って連中が相手をしてくれるだろう」
「軽騎竜はあ、一匹退治して相場が二十五カスタ。一匹でよお。主戦竜は四十五カスタなのよお。バグルスは、つまりい、二百五十カスタ……バグルスがどれだけ手強い、そして重要な相手か分かるでしょお?」
マレッティが小声で解説してくれる。
カンナの記憶がたしかならば、カスタとはサラティスの金貨のことだった。あの人工的に作られたというダールもどきを倒すのに、都市政府は金貨を二百五十枚も出すのか。カンナは驚愕した。
「既にやつらの居場所は割れている。郊外だ。先日のバグルスも都市内に潜んでいるかと思いきや、主戦竜を指揮するためにそこにいるそうだ。そう遠くはない。日帰りになるだろう。出発する」
アーリーが無表情であっさりとそう云い放ち、特に装備も整えずに塔を下りた。フレイラとマレッティも続く。食料も水も薬も、何も持たないのだろうか。困ったが、仕方なくカンナも続いた。
四人がカルマの門より出ると、何人かのバスクが既に塔の前の広場に集まっていた。もちろん全員、女だ。背の高い者から、低い者。華奢なものから、男よりも体格の良いもの。ただ、年齢は全員が比較的若い雰囲気だった。
「コーヴは何人だ」
アーリーが素っ気なく云い放つ。四人、手を挙げた。すると、残りの八人がモクスルとそれらのセチュだった。
「十二人か……思ったより少ないな」
「アーリー、軽騎竜が三、主戦竜も『大鴉』が一頭だ。対空要員をそろえて、これでも多いくらいだよ。この半分でも充分」
「そういう問題ではない」
肩幅の大きい、一番大柄なバスクの発言をアーリーは一蹴したので、そのコーヴのバスクは口をひん曲げて肩をすくめた。
「相変わらずお高いのね。で、そっちのメガネちゃんが、ウワサのカルマの新人!?」
突然ふられたので、カンナは驚いて自己紹介しようと思ったが、あまりにバスクたちの視線が鋭いので声が出なかった。
「これがカルマねえ。可能性が99ゥ!? どう考えても期待ハズレだと思うけどねえ」
「しっつれえねえ。ハズレかどうか、やってみないと分からないわよお」
大柄なコーヴの女性はあからさまに鼻で笑い、かつカンナを蔑んだ横目で見た。
「せいぜい、死なないようにね。バグルスなんて、あたしは何百カスタ積まれたって御免だからね! じゃ、みんな行こうか」
コーヴとモクスルのバスク達総勢十二人は、カルマと打ち合わせも何もせずに、行ってしまった。フレイラが頭の後ろに手を組んでため息をつく。
「あーあ、だめだこりゃ。アーリーさん、あいつらとバスク軍を作るなんて、やっぱ無理っすよ。そんなものは都市政府にまかせましょうよ」
「政府が動くのを待っていては遅い。政府の依頼では形だけになる。バスク達が自発的にまとまらなくては、意味がない。竜どもが組織化しているのに、我々がこうもバラバラでは、いつか負ける」
「そうは云ってもねえ……」
カンナはマレッティへそっと尋ねた。
「どうして、あの人達はわたし達といっしょに行かないんですか?」
「どうしてって……コーヴやモクスルはカルマと仲が悪いからよお」
「どうして仲が悪いんですか?」
「どうしてって……」
「憧れ、妬み、嫉み、恐怖、畏怖……いろいろあるけど、可能性だけで給料を決められちゃあなあ。そりゃあ、面白くねえだろう?」
「そう……ですよね」
フレイラの云うことはまったくその通りだと思った。こんな自分がカルマというだけで五十カスタももらっては、彼女たちが面白くないのは当たり前だ。
「だから、オレたちはよ、何がなんでも生き残って、竜を倒して倒して、倒しまくって、あいつらを実力で黙らせないといけないんだよ。わかってんだろ? おまえ」
「は……はい……」
フレイラの冷たい視線に、カンナはまた胃が痛くなる。