第1章 8-1 夢
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三日後、ニエッタ達は事務所にあらわれなかった。迎えに行こうと思ったが、どこに住んでいるのか事務所の職員もよく知らないというので待った。
その二日後、つまり五日後に三人は現れた。どうも、疲れが出てニエッタが熱を出したという。休養していたのだ。
「じゃ、私たちは次の依頼へ行くけど……本当についてくるの?」
「ああ。仕事の邪魔はしないし、横取りもしない。約束しよう。我々の目的は竜ではない」
「ギロアたちが出てきたら、まかせていいのね?」
「そういうことだ。用心棒と思え」
アーリーがそこまで云うのなら、と三人は諒承した。六人は連れ立って、港へ向かった。
「船なのお?」
マレッティが驚く。
「今回はカウベニーに行くんだ。海トカゲの大群が出現して、漁師が出られないっていうんだよ。数は多いけど海騎竜だから……仕事としては楽だ。カルマの出番もないよ」
「何回も云われなくたって、雑魚なんか退治しませんので、ご安心くださいませえ」
マレッティの厭味に、気まずくなったニエッタはあえて無視した。
「それなら……いいけど……」
パジャーラも、前髪の合間から陰気な眼だけをぎょろぎょろと上目にして、不安げな様子を隠さない。
港へ行くと、なんとリネットがいるではないか。白い歯を見せ、
「やあ、みんな……ここで退治をするのかい?」
相変わらずやたらと爽やかな笑顔が、秋空に映えた。知り合いなのかと、ニエッタがリネットとアーリーたちを見比べる。
「ちょっと事情があるのよ。あんなの操船なら安心だわあ」
「そいつはよかったよ。カウベニーまでだからね。最近竜も多いし、海賊も出るんだ。コンガルのね。この人数なら、三十カスタでいいよ」
船賃で三十カスタなどと、法外もいいところだが、ニエッタは金貨を惜しみなく払った。こういう仕事で払いを惜しんではだめだ。命にかかわる。
六人が余裕で乗船できる持ち船の大型ディンギーを巧みに操り、リネットは素早く船を港から出した。秋風と海流を駆使し、快調に進む。
「そのカウベニー島までは、どれくらいかかるんですか?」
水筒から水を飲みながら、カンナがリネットへ尋ねた。
「一日ってところだね。天気もいいし星も見えるだろうから、夜遅くにはつくよ」
ニエッタ達はリネットと共に豆パンや干し魚の昼食を食べた。カンナとマレッティは、案の定、船酔いだ。横になって唸るしかない。食べ溜めのできるアーリーは、既に宿のおやじの料理を鱈腹食べ続けて準備をしていた。瞑想して微動だにしない。
「さしものカルマも、船酔いとはねえ……」
カルマの人間っぽさをみて安心したのか、ニエットは警戒心を少し解いたようだ。
「風の便りじゃ、サラティスを竜の大軍団が襲って、たくさんのバスクが死んだっていうけど……きっと、カルマが活躍して追い払ったんだよ」
「……すごいね……さすが……」
憧れと畏れと意外さの入り交じった何とも云えない表情でニエットとパジャーラが船底に横たわって苦しむカンナの白い顔をみつめた。まさか、敵の大将であるダール・デリナをこのカンナが一騎討ちで相討ちに持ち込んだとは、夢にも思わない。
「だけど、このメガネの子、ウガマール訛りがあるけど、こんな部族みたこともきいたこともないわけ」
不思議そうにトケトケがカンナをみつめた。
「ウガマール人には見えないよね。というより、どの人種にも見えない。肌が信じられないくらい真っ白だし……人間じゃないみたい。マレッティともちがう」
カンナは、夢を見ていた。
背の高い老人がいた。神官長だった。顔が思い出せない。まだ、半年も経っていないのに。装飾のついた藍色と黒の装束をまとっている。
「カンナカームィ」
神官長が険しくも懐かしい声で語りかけた。
「わたしのなまえ?」
カンナは幼かった。
「そうだ」
「どうしてわたしだけ、みんなとちがうの?」
幼いと思っていたが、どうも既にいまと同じ背丈のようだ。
「わたしは誰ですか?」
「おまえは、カンナカームィという。わかったな」
「カンナ……カームィ……そんな名前だったっけ……わたし……」
そこから前の記憶がないことを、カンナは思い出しかけていた。
目を覚ますと、既に暗かった。寒い。風が日に日に冷たくなる。
まだ、船は走っていた。
ランプの灯がいくつもある。いや、マレッティは自らのガリアの光だけを出して、船上を照らしていた。
「起きたあ? カンナちゃん……もうすぐつくみたいよお。……おえっ」
「だいじょうぶか? 退治は明日だから、今日は手配してる宿でゆっくり休みなよ」
ニエッタが声をかけた。
「やけにやさしいのね……カルマがこんな無様な姿で、安心したんでしょお。でも、そのとおりよ。そうさせてもらうから……」
マレッティが再び船底へ倒れるように突っ伏す。
「カルマも人間だな」
ニエッタが肩をすくめ、微笑んだ。
(あたしは……人間なんだろうか……)
カンナの鬱は、晴れない。




