第1章 6-2 ギロア
「はっきり云え」
アーリーに促され、おやじは意を決した。
「つっ、つまり、コンガルの連中の雇ったガリア遣いを殺してほしいのでさ!」
三人の眼の色が変わった。
「ガリア遣いを殺せだと!?」
確かに、ガリアは竜を殺すが人も殺す。それもたやすく。しかし、ガリアは竜の鱗を難なく裂くが、鉄の鎧には並の武器としての威力しかない。人を殺すのは、三人で云うと炎、稲妻に音圧、それに光輪斬と、個々人の持つガリアの特殊な『力』のほうだ。
「おい! ガリア遣いは竜との戦いのために天よりガリアを授かった、云わば選ばれた存在だぞ! それをガリア遣い同士で殺しあえなどと、竜どもの思うつぼではないか! さてはこの島、竜属の手に落ちているのか!?」
アーリーが立ち上がって怒気にまかせて怒鳴りついけたものだから、おやじは腰を抜かして尻餅をついてしまった。カンナも驚いてアーリーを見上げる。あわてて、おやじの女房が半泣きでかけ寄ってきておやじの隣へ跪くと、アーリーへ向けて手を組んで合わせた。
「お願いでございます、り、竜の一味になっているのは、コンガルのやつらのほうでございますです! その、どうか、バーレス群島を竜の侵攻からお助け……!」
女房が泣き崩れ、おやじがその丸まった背中をさすりだしたので、アーリーも勢いを削がれた。気まずくなって、カンナやマレッティと眼を合わせる。
「ア、アーリーさん、話だけでも聞いてあげましょうよ」
カンナに云われ、アーリーも咳払いをして、席についた。
「そうだな……よし、話だけは聞く」
「あ、ありがとうございますです!」
話というのは、なかなか衝撃的だった。
パーキャス諸島は、大きく三つの群島とひとつの島から成っているが、リネットが解説した通り、リンバ島は元々水が少なく火山性の島でほとんど人は住んでおらず、海鳥だらけで、古くから流刑地だった。今でも流刑地であり、パーキャス諸島の罪人が流されている。このバーレス群島と隣のコンガル諸島に多く人が住み、少し離れた小群島のカウベニーは、人があまり住んでいない。が、良い漁場があり、小集落として、腕のよい漁師が住んでいるだけだった。
それが、ここ二十年ちょっとの間に竜が出現し始めた。
竜の出現が、サラティスやウガマール、スターラと同じく、人々の生活を激変させた。
まず航路が寸断された。交易中継で食べていた人がいなくなり、船乗りは出稼ぎをするようになった。漁師は加工した魚をリーディアリードやベルガンへ自由に運べなくなった。
ガリア遣いが現れ始めると、とうぜん竜を退治して航路を死守しようとする人々が現れ、ウガマールやサラティスからの竜退治出張所もできて、ガリア遣いへ報奨金を出すようになったので、一時期は竜も減って航路が復活した。
それが、八年ほど前、とのことであった。
「それからでさ、いつしかコンガルに不思議なガリア遣いがやって来て……どこのガリア遣いか、分からねえんで。そいつが、竜と共存しようって云うんでさ。とんでもねえ! ってことで、最初は誰も相手にしなかったんでごぜえますが、じっさいに竜を手なずけやがるもんだから、これが不思議で。へえ、そうなんです。竜を、まるで犬ころみてえに……。そらもう、これが不思議な力で……。へえ、そうなると、無理して退治する必要もないんじゃねえかっていう奴ばらも出てきやがりまして。なにせ、ガリア遣いに払う金は高えもので……いえ、あっしらは、それでもいいんでさあ。竜をぶっ殺してくれるのなら。でも、そうは思わねえ連中もいましてね……それからでさ。パーキャスじゅうで喧々諤々、住民が真っ二つに分かれちまいまして。へえ、意見の合うもの同士で引っ越して、いまじゃコンガルが竜派、バーレスが反竜派、そしてカウベニーがどっちでもいい連中になっちまって、完全に分断されて、お互いに飽くことなくやりあって、もう戦争寸前なんでさ」
竜を手なずけるガリアなどと、アーリーもマレッティも聴いたことが無い。
「そやつ、なんという名か、わかるか?」
「ギロア、というやつで」
「女か?」
「もちろん」
「ふうむ……」
アーリーが腕を組み、うなった。
「それで、他にも仲間のガリア遣いがいるというのか? そいつらは、退治はしないというのだな?」
「そうなんでさ。我々が雇ったガリア遣いや、ウガマールやサラティスから派遣されてきたガリア遣いを殺すために、コンガルのやつらが雇ったんですよ!」
「なんと……」
さしものアーリーも驚きを隠せない。
「それは、いつごろからの話だ?」




