第1章 5-3 パーキャス上陸
「沈んでも何にもならないぞ。君のガリアは発展途上だ。まだまだ強くなる。それを信じるんだ。ガリアを信じる。つまり、自分を信じろ。自分を見失うなよ」
眼をつむったままアーリーがそう云うと、カッと見開き、素早く湯から上がってしまった。
カンナは唖然として、その古代の彫刻めいてひきしまった後ろ姿をみつめた。
その夜、リネットは星々の動きをつぶさに観察し、深夜を待たずに報告へ現れた。
「運がよかったよ。ここは、バーレス群島の端っこの小島さ。名前は無いけどね。位置はつかんだから、早朝にでも出発しよう。風向きも上々、明日の夕方前にはバーレス港へつくよ」
「そうか」
アーリーが満足げに頷いた。
「いまはほとんど全て、些少の路銀以外は流されてしまったが、謝礼ははずむ。サラティスのカルマの塔へ、請求書を送っておいてくれ」
「そうさせてもらうよ」
リネットはどこまでも屈託が無い。不思議なほどだった。マレッティはリネットから不審を解かない。
「あたし、ああいうの苦手だわあ」
カンナが顔をしかめた。
「聴こえるわよ、マレッティ……」
「このゴロゴロした寝床ともおさらばねえ。せいせいするわ」
みな、石だらけの上に横になるのは初日で懲りたので、石をできるだけとりのぞき、できた窪みへ納まって休んでいた。まるで鳥の巣だった。地面へ体温が吸い込まれてゆくようだった。
翌日、確かに、久く見なかった青い空が広がっていた。秋空の元、四人は陸へあげておいた救命艇を運び、着水させ、リネットが帆を張った。とたんに、すごい勢いで走り出す。
名残をおしむかのように島をぐるりと周り、風向きを見計らって沖へ出る。周囲には同じような島が点在して、アーリーやカンナはたちまち自分の位置が分からなくなった。が、リネットはちがうらしい。一目散に島々の間を抜ける。
マレッティは船縁に肘をつき、仏頂面でそんな様子をみつめていた。
「マレッティ、だいじょうぶなの?」
カンナが心配して声をかけた。
「おかげさまで、かなり泳がせてもらったから。慣れたわよ。浮環もあるしねえ」
確かに、マレッティは既に長い紐付きの大きな木の浮環を腰に回している。
風が思いのほか強く、またリネットの帆さばきのうまさで、艇は波間を滑るように進んだ。さらに、うまく海流に乗ったようで、ますます速度が上がり、波を跳ねてときおり大きく飛び上がって、海面に叩きつけられ水飛沫を周囲へまき散らす。
「っ……!! ……さすがに……ちょっとこれは……」
マレッティが眼をつむって船縁へしがみつく。カンナもあのタータンカ号の遭難を思い出して肝が冷えた。
「調子よく飛ばしているが……竜に気づかれないか、リネット」
アーリーも心配そうに海原を見渡す。アーリーの大剣の業前は、両脚がしっかりと大地に立ってこそ大いなる威力を発する。こんな狭いボートでは、どうにもならない。ましてカンナは、稲妻の黒い剣など、出そうとも思えなかった。
(ああ、だめだめだめ、そんなんじゃだめ! なんとかしなきゃ、なんとか!!)
出してもいい。稲妻を出さずに、本来の力である音響だけで戦えば良いのである。発想の転換をしなくては。自分のガリアは、雷の剣ではないのだ。あくまで雷は、轟鳴のついでなのだ。
やがて日が西へ傾きだすと、波も納まってきて、船はさらに快調に進んだ。そして、思ったより早く、バーレス群島の都、バーレスの港が見えてきた。
リネットは帆を半分下ろしてスピードを落とすと、静かに港へ向かった。良く見ると周囲には漁船らしきディンギー船も何隻か見えた。リネットはそれらへ挨拶をしながら、難なく港へ艇を滑り込ませた。指定の小型船溜まりに入り、自分の場所へゆっくり近づくと、オールを出してさらに静かに進む。やがて桟橋へ到着し、リネットは見事な手さばきでとある船のとなりに救命艇をつけた。
「これがボクの船さ。さ、乗り移って」
まず三人がリネットの船へ移り、そこから桟橋へ移った。リネットは手早くロープで自分の船と救命艇を結びつける。四人は、バーレスへ上陸した。
「じゃ、ボクはこれで」
リネットが手を振る。アーリーがカルマを代表して前に出た。
「ああ。世話になった。ありがとう。請求書を回すのを忘れるなよ」
「もちろんさ」
最後までリネットは涼しげな調子で、港町をどこかへ消えてしまった。
「で、あたしたちはどうするのお? アーリー」
「まずは宿だ。久々に寝床で寝たいだろう。それから、ベルガン行きの船を探さなくては」
「ま、そうなるわねえ。カンナちゃんもそれでいいでしょお?」
「もちろんです!」
カンナはとにかく、尻も背中も腰も痛かったので、できれば数日は逗留して養生したいほどだった。
まともな食事もとりたい。
「とにかく、めしだな」
「はい!」
タイミングの良いアーリーの言葉に、カンナはつい大声で返事をしてしまって、マレッティに呆れられた。




