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ガリウスの救世者  作者: たぷから
第2部「絶海の隠者」
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第1章 3-2 リーディアリード

 パウゲン連山を後ろ手に振り返り、古代の街道を西へひたすら歩く。行き着く先の港町リーディアリードまで、約七日の道のりだ。途中、隊商と何度かすれ違った以外は、単調な旅路が続いた。乾いていた風が、少しずつではあるが湿ってきた。心なしか潮の匂いもする。カンナは、巨大な河口洲にあるウガマールを思い出した。河から上がり海へ沈む太陽と、濃厚な砂と潮の匂いを。


 起きては歩き、歩いては休み、暗くなったら寒さに耐えながら寝る。この繰り返しで、竜の「り」の字も無い。カンナは、そういえば自分はどのくらいガリア「雷紋黒曜共鳴剣(らいもんこくようきょうめいけん)」を出していないのだろうかと考えた。デリナとの凄絶な戦いも、自分で記憶を消してしまったかのように思い出せない。


 街道を進むにつれ、山裾から下るかっこうとなり、また心なしか気温が上がってきた。が、晩秋には変わりない。樹海から台地、そしてサラティスの周囲を思い起こさせる平原、荒れ地となった。


 「ここを街道から外れ、北上すると陸路で連山を迂回できる。だが、路が整備されていない。この荒野を突っ切る。竜が出にくいとはいえ、意外と時間がかるし、迷いやすい。特に、天気が悪くて右手の連山が見えないときは要注意だ。遭難してのたれ死ぬ者もいる」


 地平線を見渡してアーリーが云った。カンナは寒々しい枯れ野に延々と続く石ころだらけの土地を見て、侘しい気分になった。


 侘しいといえば、街道を進めば進むほど、マレッティの口数が少なくなり、ついには完全に無言となって見た目にはふさぎ込んでいるのが気になった。


 しかし、声をかけるつもりにもならない。こっちだって、いろいろと悩んでいるのだ。

 カンナはあえてマレッティと視線を交わさないようにしていた。

 瞬く間に七日が過ぎ、七日目の昼のやや前に三人は無事に港町へ到達した。

 


 街道の終点に、また石造りの古い門があった。ただし、もはやアーチも無く苔むした石柱のみの存在であった。丘を超えると眼下に灰色の大海原が広がって、薄曇りの灰色の空と水平線の境を模糊としていた。丘を下る太い路は荷車も通れる幅と石畳があり、ゆるやかに街へ続いている。港湾は古代帝国の卓越した技術者が埠頭を組み上げ、水深を堀り込み、埋め立てをして、自然の半島と台地も利用しながら頑丈な施設を作っている。岸壁には、大小十ほどの船舶が係留されているのが見えた。みな帆船で、中には連合王国時代の技術で作られた大きなガレオン型の貨客船もある。


 ここが、港町リーディアリード。人口は約一万人。都市国家群の中堅都市としては最大であった。北はストゥーリア領の港町ベルガン、南はウガマールとサラティスの中継都市であるサラティス領ラクトゥス、そしてウガマールへと航路がある。また、絶海の諸島群であるパーキャス諸島へもここから船が出ていた。古代の技術は大きな防波堤も築いており、突き出た半島もあって、港内の波は穏やかであった。かつては防波堤の先端に巨大な灯台もあったというが、いまは基礎だけが残っている。


 ただ、ここ十年ほどは、この街も竜の進出に脅かされて、ウガマールやストゥーリアから出張してきたガリア遣いが常駐している。防波堤は、防竜堤も兼ねていた。


 「海竜(かいりゅう)か……」


 潮風に紅い髪をなびかせ、町を見下ろして、アーリーがぼそりとつぶやいた。そろそろ、竜の気配がする。


 海竜というのは、いったいどういう竜なのだろうか。この時期の強烈な浜風は、内陸から飛んでくる軽騎竜をも押し戻すという。そのかわり、水平線の向こうからその海風と波に乗って、完全に水中に適した竜が現れる。それらを海竜といい、都市国家が金を出して退治している。リーディアリードには、サラティスとウガマールの竜退治出張所があって、ガリア遣いたちに仕事を依頼し、竜を退治させているはずだ。町の規模からして、サラティスでいうコーヴ級数人をリーダーに、モクスル級が二十人ていどはいるだろう。


 「ま、竜退治が目的ではない。さっさと船を探して、出発しよう」

 アーリーは町へ向けて坂を下り始めた。

 


 陸路で大量の物資を運ぶのはコストとリスクが伴い、特にウガマールからストゥーリアへ小麦を輸送するのは必ず海路だった。この海路を死守するのは、ストゥーリアを餓死から守ることと同義だった。北方のストゥーリアでは、大麦やライ麦はよく採れるが小麦は気候変動と連山の噴火による土地の変質のせいで壊滅的な収穫量の低下に見舞われており、ウガマールからの輸入に頼っている。ウガマールを出発してラクトゥスからリーディアリード、そしてベルガンまでたどりつきさえすれば、蟻の行列めいた人海戦術でストゥーリアまで食料を運び込む。


 町はこの時期、今年最後の定期便を待つ人々で賑わっていた。冬になれば、低気圧で海が荒れ、大型の帆船は半年近く休む。


 しかし、であった。


 「嵐がきているだと!?」

 人で混み合う都市政府の港湾事務所で、アーリーは声を荒らげた。


 「冬の嵐にはまだ早くないか!?」


 「そうなのですが、現実に……この時期の嵐は十年ぶりですが、ここまで大きいのは記録にありません」


 マレッティもカンナも、騒然とする事務所の待合室内を見渡した。彼らも、予定が全て狂う。特にベルガン向けの小麦運搬貨客船は、もしかしたらこのまま春まで運行休止ともなれば大損だし、なによりストゥーリアの食料計画に大幅な狂いが生じる。ストゥーリア政府の役人も、必死の形相で喚いていた。


 そのストゥーリア訛りのサラティス語に、マレッティは深くフードをかぶった。


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