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ガリウスの救世者  作者: たぷから
第2部「絶海の隠者」
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第1章 2-2 バソ村

 カンナがかすむ眼で坂の上を見上げる。小さな石造りの門のようなものが見え、温泉であろう蒸気が立ちのぼっている。が、なによりもその背後に、こんな近間で見たこともない大きな山が連なって雲間に迫っていた。パウゲン連山だ。大きさの異なる成層火山が大きい順に四つ凹状に連なっている異様な姿で、サラティス方面から見て右側より標高五百二十キュルト(約五二〇〇メートル)、標高四百八十キュルト(約四八〇〇メートル)、標高四百二十キュルト(約四二〇〇メートル)と、三百六十キュルト(同じく約三六〇〇メートル)の四連火山で、四つの火山に個々の名は無く、まとめて敬意と神威をもってパウゲンと呼ばれている。


 ここ三百年は噴火していないが、有史以来何度となく人類の生存を脅かしてきた神の山である。特に三百年前の大噴火では連合王国を、七百年前の大噴火では古代帝国を滅ぼす遠因となった。二つの統一国家は、この連山に滅ぼされたのだった。


 「……あっちゃあ、かなり雪が積もってるわあ……今年は雪が早いわよ、アーリー」

 連山を遠くに見上げ、マレッティが渋い声を発した。アーリーも唸った。


 「仕方がない。バソで情報を集め、数日滞在して様子を見る。カンナの養生も兼ねてな」

 「それがいいわあ」


 バソ村は連山の麓の谷間に細長く伸びた帝国時代からの景勝地で、今では旅の重要拠点として発展している。


 既に空気が薄く、カンナはバグルスとの戦いよりも体力を消耗していた。これからさらに標高は上がってゆく。


 金だけはあるサラティスのカルマだ。午後に村で最も上等な宿に入り、アーリーはさっそく情報を集めに集会所へでかけて行った。


 「カンナちゃあん、まずお風呂にゆっくり浸かってあったまりましょおよお! それから美味しいものたべて、英気を養うのよお。ここは竜もあんまり来ないし、牧畜が盛んだから美味しいものがたくさんあるわあ。サラティスにも卸してるくらいよお。登山用の装備は、明日買いましょ、ね?」


 「はい……はい……」

 カンナは半死人めいた虚ろな表情と声で、無機質に返事をした。


 宿の裏手に岩風呂があり、かなり広かったが、二人の他に客はいなかった。マレッティに助けてもらって服を脱ぎ、メガネもとって、窓が無く薄暗い湯殿にゆっくりと進む。露天風呂ではなく、木造りの大きな湯殿だった。湯の花がびっしりとこびりついている。匂いもきつい。室内の温度はあまり高くないが、外よりマシだった。マレッティが桶から湯をすくい、カンナへかけ湯をしたが、カンナは熱くて飛び上がった。


 「あっちい!! あっついですよ!!」

 「なんだ、元気じゃなあい。……そんなにあつい?」

 マレッティが湯へ手を入れたが、確かに熱い。


 「きっと誰もしばらく入ってないから、熱くなっちゃってるんだわあ。待ってて、こういうときはねえ、板っきれでかき回して温度をさげるのよお。時間がかかるけどもね。それとも、水で薄める?」


 「み、水で薄めましょうよ、お湯はあっついけど、寒くて……」


 カンナは全裸のまま、すきま風に震えた。マレッティも裸なのに、平気なのだろうか。まさか、ここのところの暇太りで寒くないとか。口には絶対に出さないが。


 「でもお、水を入れるとお、せっかくの温泉が薄まっちゃうわよお」

 「さ、ささささ、寒いんですってば!」

 カンナの歯が鳴る。


 「あっついのかさむいのか、どっちなのよお」

 「りょうほうですよ!」


 まさかこれはいじめではなかろうかとカンナが思ったとたん、マレッティはあっさりと山の冷たい清水が出る口の木の詮を抜き、壁から勢い良く湯へ水が滴った。同時に、備え付けの板切れでザバザバとお湯をかき混ぜる。手慣れたものだった。


 「ここには何回か来てるのよお。宿の人に教えてもらったから、上手でしょお。……そろそろいいんじゃない? そっちのほうはまだ熱いから、こっちに入って。ほら、こんどは大丈夫よお」


 かけ湯が心地よかった。足先からゆっくり浸かり、カンナは生き返った。温まる。

 しばし二人とも無言で、湯に癒された。


 「カンナちゃあん、だけど、山越えはこんなもんじゃないわよお。連山の合間を縫って、十日は山道を歩くんだから。もう雪が積もってるみたいだしい……今年は半月は早いわあ。ちょっとアーリーと相談した方がいいかも……」


 「雪って……あの、白くて冷たい、雨が凍ったやつですよね」

 「ウガマールって、雪ふるのかしらあ?」


 「ウガマールは降りませんけど、ンゴボーラの山頂は、常に白く光っています。雪が積もってるんでしょう」


 「ああ……あのすごくたっかい山ね。登ったことは?」

 「ありませんよ」


 「そおよねえ……あんなとこ……パウゲン連山より高いみたいだし……ああ、あたしは、もうあがるからあ」


 サラティスで風呂好きになったが、元々風呂に浸かる習慣のないマレッティは長湯が苦手で、すぐに身体が熱くなり、白い全身に赤く血を登らせて、まとめた長い金髪を下ろしながら、湯殿を出て行った。宿が用意した上等のバスタオルで身体をふき、冷たい水を飲んで、真新しい衣服へ着替えると部屋へ戻った。


 カンナはようやく、真の意味で心から解放された。


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