第3章 10-3 ガラネルの死
「我らがどうなろうと、何がなんでも、少しでも蓋を開かなくては! 今のうちにな!! ……マイカ!!」
ガリアを再び顕現させた上空でマイカがうなずき、ガリアの力でアーリーを持ち上げる。……いや、アーリーが固定化された空気を、階段を上るように駆けてゆく。そして、ホルポスも後に続いた。
「……デリー!」
「私は……もう、ダールである前に審神者よ。自分の考えに関係なく……行く義務がある。悪く思わないでね、ガラネル」
ちらりと苦悶の表情でうずくまるガラネルを遠目にみやって、デリナも二人の後を追った。そして、マイカ、アーリー、ホルポス、デリナの四人がショウ=マイラに続き、神代の蓋を支えるためにその隙間へ入った。
「……ぐうああ!!」
が、凄まじい衝撃が全身を襲う。次元の裂け目へ身体をつっこんでいるのだ。中ではショウ=マイラが、その天限儀の特性でまだましなほうか。やはり、ダールでは「できる」……いや「できなくもない」というだけで相当に無理がある。
「みんな頑張って!! かなり開いたわ!!」
審神者であるデリナだけが平気であり、皆を鼓舞した。だが、焦りもする。
(数が足りない……やっぱり七人いないと厳しい……!)
ガラネルは来るわけがない。五人では……。
「……私が三人分やってやるわよ!!」
デリナの眼が白い光を発する。牙をむき、肉体がブルブルと膨れ上がった。半竜化の力だ!!
だが、デリナは既に一年前にカンナとの戦いで半竜化している! ダールが半竜化すると、最低でも三十年はガリアの力と生命力を休めなければ無理だ。こんな状況で寿命を縮める心配はしていなかったが、これ以上の力が出ない!
「……なんてこと!!」
目をつむり、歯を食いしばってデリナは懸命に耐えたが、無理だ。
そこへ、どこからともなく一直線に日空竜へ乗って飛んできた人物がいた。
ヒチリ=キリアだ! 肉体はリネット、青竜である!
「思うところあり、参陣仕る!」
竜から飛び下り、そのまま神代の蓋へつっこんだ。
「……これでなんとかああああ!!」
デリナが、絶叫した。
バ、バ、バ、ズバアアア……!! 連続した神の息吹が炸裂し、カンナはこれまでで最も遠くへふっ飛ばされ、尾根の向こうへ転がって消えた。ストラ竜神が喉を押さえる。これ以上は、少し休まなくてはならない。
そして、ふと後ろを見上げると、ダール達が神代の蓋をこじ開けようとしているのが目に入った。
「……ばかなことを!!」
だが、あそこまで開いてしまっては、迂闊に近づけぬ。神通力が吸いこまれ、実体化も危うくなる。強制的に神代へ戻されてしまう。
「ご、ご、ご安心くださいまし、紫竜皇神様……!!」
骨折の衝撃と落下のダメージで脂汗を浮かべ、眼下へ隈を作ったガラネルが、這うようにして竜神の前へ跪いた。
「私めは、絶対にあそこへ参りませぬ……参るわけがござりませぬ。あのような荒技、ダールではとうてい耐えられませぬ。再び神代の蓋が閉じるのは時間の問題……紫竜皇神様は、ただ、ただそれを待っておればよろしいのです」
「そうであろうな」
竜神が、にこりと笑ってガラネルをみつめた。
神の賛同を得、ガラネルが、狂喜の顔でかたまりついた。
その胸を、竜神のガリアである戈の先端が刺し貫いている。
「だが万が一にも、強制的にも、そなたにあそこへ行かれてはたまらぬ。これで、万が一にも、蓋は全開することは無くなった。ちがうか?」
戈が引き抜かれ、清水のように血が溢れ出た。ガラネルはひきつった笑顔のまま、ゆっくりと腰から後ろへ崩れ、絶命した。
かくして、神をこの世へ顕現させた唯一無二の稀代のダール、死の再生者にして紫竜の遣いは、その自らの娘を象った神の手によって、神代へ召された。これ以上の幸福は、無いといえよう。
勝ち誇ったストラ竜神が、再び尾根の向こうより這いつくばって現れたカンナめがけて歩もうとする。
そのとき……。




