エピローグ-3 衝撃
「デリナ様はあ、何をそんなにあの大ハズレを買っていますことやらあ。あんな、ガリアだけがでたらめに強い、なんの根性も意志も決意もなんっにも無い、ただ状況に流されるだけのアタマカラッポの大バカの大ハズレの小娘……」
「それが侮っていると云っておる!」
マレッティが視線を外し、聞こえよがしに舌を打った。デリナ相手にこの勝気!
しかしデリナは、そんなマレッティを気に入っていた。
「落ち着け……マレッティ……ガリアの強さは心の強さだ。知っておろう。カンナの底力は、これから発揮される。あのばかばかしいまでの、ダールに匹敵する恐るべき力は、表層的なものでしかない。そこを見極め……まだ未熟なうちに、そこから攻めるのだ。心をつぶせ。さすればガリアもつぶれる。正面からぶつかっては、勝てんぞ」
「わかってますう」
マレッティが頬を膨らませる。
「それにしても……いったい、何者なんですのお? カンナちゃんはあ。ただの人間が、ダールに匹敵するガリアを使えるなんて、聴いたことないわあ」
「そこだ」
デリナが身を乗り出す。
「よいか、あやつ……」
その顔がにわかに厳しくひきしまったので、マレッティは緊張した。
「あやつ……おそらくだが……八人目のダール……」
「まっさかあ!!」
マレッティが半笑いで言葉を遮った。
「何をおっしゃるかと思ったら! 世界に七柱いらっしゃる竜皇神様の、それぞれ一人ずつの子孫、ダール。つまり世界で七人だけっておっしゃったのはあ、デリナ様ですよお」
デリナがやれやれといったふうで息をついた。
「……話の腰を折るな。ダールは、一人死するとまた一人生まれる理だが、神のなさることゆえ、生き死にが重なることもある。記録では、四人しかいなかったこともあれば、十人いたこともある。知らぬ間に八人目がいたとて、不思議ではないということよ。しかし……我は……カンナとの戦いを通じ……」
「……?」
デリナが珍しくもったいぶって話を濁すので、マレッティは訝しがった。
「あやつは……おそらく八人目のダール……か……あるいは……」
デリナはある種の決意を込め、間をとり、短く息を吸った。いまから発する言葉への決意だった。見たことも無い反応にマレッティが、えっ? と思った瞬間、デリナが重々しく決然と云い放った。
「バグルスの完成体だ」
マレッティの顔が、凍りついた。
∽§∽
サランの森の、サラン湖のほとりに、古代サティ=ラウ=トウ帝国時代よりサラティスを守護するサティス神の神殿がある。この時代の人間はさほど信心深いというわけではなく、ひっそりとその古く荘厳な閑散とした神殿はあった。神殿の裏に、墓地がある。市民の共同墓地や、古帝国から連合王国時代の古墓地や地下墳墓のほか、バスクたちの墓が並んでいた。セチュとモクスルは記念碑のようになっている共同墓地だが、コーヴとカルマは、個人の墓を作ることができた。遺体が残っていれば。
デリナの放った竜たちとの都市攻防戦で、どれほどのバスクがやられたのか、詳しくはアーリーも聞いていないが、モクスルの三分の一ほど、コーヴは半数近くが死んだようだった。セチュは、後方支援だったので、それほど犠牲は無かった。話によると、やはりバグルスが何頭かまぎれこんだらしく、コーヴが死に物狂いで戦って撃退したという。一般市民も、それなりに死者が出たようだ。
デリナと引き分けたカンナ、それに竜人化で竜軍の主力を一人で倒したアーリーは、都市国家救国の英雄となってしかるべきだったが、人々の扱いは前よりよそよそしくなった。カンナとデリナの神のごとき戦いと、アーリーのあのバケモノじみた姿を目の当たりにしては、一般のバスクなどその存在の儚さと無意味さ、小ささを思い知らされただけだったろうから、無理もないかもしれない。家の中で震えていた市民に到っては、バスク達からどのような噂が流れているのか、知りたくもなかった。
都市政府主催の合同葬儀に、カルマは含まれなかった。アーリーとカンナは、カルマで独自に葬儀を終えた。まるで密葬だった。真新しいフレイラの墓の前で、花を添え、祈りを捧げた。フレイラのすぐ近くには、オーレアの墓もある。カルマはこの約三か月で、一人ふえ、二人死んだ。カルマの墓は、森の中の小さな美しい泉の奥にある。フレイラで十五基めだった。都市の喧噪もここまでは聴こえてこない。静謐とむせかえる草いきれと盛夏の虫の声、そして泉の縁に生えるミントの香りだけがする。その日も暑く乾いていたが、ここは心なしか気温が穏やかだった。
「これまで、カルマの構成員は最大で五人を超えたことは無い。可能性が80以上というのは、そう簡単にはいない。私がバスク組織を作り上げ、カルマを立ち上げてより、カルマは総勢二十三人しかいない。カンナ、君がその二十三人目だ」
アーリーは森の中へ並ぶ簡素な墓を眺め、さすがにやや感慨深げだった。




