第3章 4-5 関所突破
そのまま夜を徹して走り続け、ときおり休みながらカンナの様子を見る。息は落ち着いているものの、相変わらず眼を覚ます気配はない。
「カンナよ……頑張ってくれ……」
祈るような気持ちで、アーリーはカンナの頬へ手を当て、火の気を送った。そして清水の水を小屋でみつけた竹筒へ汲み、飲ませてやる。カンナが飲む力も無いときは、口移しで飲ませてやった。
もとより大量の食物が必要なダールである。反面、食べ溜めもできる。ウガマールで食べまくったことが幸いした。二日、水のみで耐えることが出来た。水はそこらじゅうに清水があるので助かった。
その二日目の夕刻、一つ目の関所へ到達した。関所は、ショウ=マイラが云うには北周り街道だと三か所あった。三か所目の関所が、シャクナの関所である。
街道が急に狭まって平野を迂回せずに山間を通り、関所となる。平野には方々に見張り所や柵があって、容易に通れない工夫がされている。
関所は周辺の村々より避難民や救援を求める人々でごったがえし、とても通れるようなものではなかった。この混乱に乗じ、アーリーは関所を通らずに平原へ出た。夜陰へまぎれ、獣じみた速度で一気に抜ける。途中の柵など、鹿が飛び越えるがごとくひとっ跳びに越えてしまった。
だが、そのまま進もうとするも、ガッ! と音がして右足に鋼鉄製の罠がかじりつく。猟師がしかけたものでもあるが、このような関所越えの曲者をとらえるものでもある。これが、そこらじゅうにあった。
が、曲者にしてもアーリーは大物すぎた。虎挟みなどなんの苦もなく、手で引きちぎって破壊した。足首へ些少の傷がついたが、かすり傷だった。竜の攻撃に比べれば蚊に刺されたようなものだ。
だが、こんなものが何十もあったのではちょっと厄介だった。
「フン!」
右手を大きく払うと、爆炎が上がり一直線に炎の道が続いて罠を全て吹き飛ばした。誰かに見られてもかまわなかった。どうせ、野良竜が火でも吹いたと思われるだけだろう。
一気に焼け跡を走り抜け、山間の街道へ戻って夜通し休みながら走った。
そして夜が明け、カンナの様子を観つつ、三日目の昼過ぎに二か所目の関所へ到達する。
ここはまだ空いていた。
山越えをしようかとも思ったが、思ったより断崖の合間に関所があり、また見張りも多かったので思い切って真正面から関所へ入った。
とはいうものの、その威容である。小柄なホレイサン人からすると、倍近い体格がある。神話、民話に出てくる竜人そのものの姿に、
「とまれ、何者か!」
と云おうと思った棒を持った若い衛視が、声が出ずに腰砕けに地面へへたりこんでしまった。
元より、通行手形もホレイサン=スタル滞在許可証も何も無い。
「御免!」
些少は知っているホレイサン語で云い放ち、問答無用で関所を通った。
「ま、待て、待たれよ!!」
棒や刀を持った人々が殺到する。
アーリー、物入小屋のような小さな建物をひと睨み。とたん、爆発するような音と供に屋根が燃えあがる。木造なので、あっというまに炎が立ち上がった。
「て、て、て天限儀士殿、ご乱心!」
下男や侍たちが叫ぶ。この国の建物はほとんど全て木造なので、すぐに燃え移る。無闇な火は御法度だ。
火を消すもの、アーリーを取り巻くもの、ただ慌てふためくもの、逃げまどうもの、関所はメチャクチャに混乱した。
アーリーは堂々とその混乱の中を歩いて通った。
「待たれい、天限儀士殿、関所内での無法な天限儀の使用は禁じられておりまするぞ、お待ちあれ!」
天限儀士……すなわちガリア遣いは、ディスケル帝国やこのホレイサンでは「身分」であって、一定の権力を持つ。ただの特殊技能保持者ではない。それならば「師」の字を使う。天限儀師となる。「士」というからには、社会構造的に確立された「身分」なのだ。
つまり、誰であろうとガリアを遣うだけで法の支配を受け、法に従う義務が生じる。違反に伴う最も重い罪は、死罪だ。
「天限儀士殿!」
アーリーにしてみれば、こんな状況でも「きまり」にこだわるホレイサン人らしい気質に苦笑した。そんなことを云っている場合か!? それとも、そうと云えばアーリーが止まると思っているのか!?
「てん……」




