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ガリウスの救世者  作者: たぷから
第1部「轟鳴の救世者」
62/674

エピローグ-1 別れ

  ∽§∽



 フレイラは死んだが、アートは生きていた。


 さすが、というべきか。デリナの毒をくらったとき、一瞬にしてガリアの障壁を肉体の内側から隙間なく張り、最低限の侵入で阻止した。そのまま仮死状態となって、耐えた。アーリーの解毒の炎はカルマの建物の一室で七日間燃え続け、奇跡的に蘇生した。


 だが、後遺症が残った。神経をやられ、立って歩くことはおろか、物を云うのもおぼつかない。ガリアによる良い治療師のいるウガマールへ戻り、養生と機能回復を行うことになった。ガリアのダメージは、ガリアで回復できるはずだった。


 デリナの侵攻によるサラティス攻防戦より半月がたった、コロムテス帝の月十三日。アートはクィーカを連れ、ウガマールへ旅立った。ロバの牽く荷車に藁と毛布を敷き、そこへ寝かされたアートが、なんとか半身を起こして、カンナと分かれの挨拶をした。


 「……ぶざ……ぶざまな……す……がたにな……な……っちまっ……て……」


 口が回らない。寂しげに自嘲の笑いを浮かべる頬も引きつる。右目も半分閉じたままだ。カンナは涙が止まらなかった。


 「なく……な……よ……」

 「だって……だってアートがいなかったら……わたし……有難う……アート……」


 クィーカもぐずぐずと泣いて、カンナと抱き合った。

 「クィーカ……アートを頼むわ……」


 「ふご……ふご……ふごご……ふご」

 何を云っているか分からない。


 「じゃ……じゃ……じゃあ……な……なに……絶対元……にも……ってみせ……」


 アートはぶるぶると右手を出した。カンナが両手でそれを握り、支え、別れを惜しむ。


 「おーい、出発するぞ」


 護衛バスクの音頭で、隊商が動き出した。ウガマールへストゥーリアの棒鉄や石炭、ラズィンバーグの金銀銅、錫、宝石類を運ぶ鉱物専門の隊商だった。バスクの数も多いが、人間の盗賊相手の衛兵の数も半端ではなかった。


 「結局、竜より人のほうが恐ろしい」

 アーリーがしんみりと、しかし確信を持って云った。


 カンナは新調した眼鏡を涙で濡らし、隊商が見えなくなるまで、正門の前にいた。



  ∽§∽



 アーリーとカンナがアートの見送りへでかけたの見計らい、マレッティは自室の暖炉横の石壁へ顔を近づけると、その隙間に薄い金属の板を差し込み、そっと動かした。すると、その石が動き、ずれて、隠し扉が開く。ぎりぎり、マレッティの体格の人間が入れるほどの大きさだ。


 マレッティはここをある時、偶然に発見した。鍵である金属板も、ベッドの下の片隅に落ちていたものだ。こっそり調べたが、その隠し扉と隠し通路があるのは、マレッティの部屋と、死んだオーレアがかつて住んでいた部屋だけだった。オーレアの部屋は、いまは誰もいない。オーレアの部屋の鍵はマレッティが所持していた。


 この隠し通路がいつどうやって作られたのか、マレッティには分からない。三十年前に、アーリーがカルマを組織したときも、既にこの塔はここにあった。アーリーがそれを買い取り、その他の建物を整備、拡張した。


 塔の内側を複雑に曲がりながら隠し階段は作られており、非常用の脱出口であろうとマレッティは思っていた。ガリアの明かりだけを現出させ、足元を照らしてずっと下りて行くと、塔の地下へ出る。そこから、隠し通路はさらに街の地下を通り、やがて天然の洞穴へ出る。サラティスは地下水が豊富だが、その一部はこうして地下洞窟の中を地下水の川となって流れていて、地底湖もあった。ここはサランの森の辺りのはずだったが、一部は城壁の外にもつながっているのだろう。気温が低く、マレッティの息も白い。


 もっと洞窟を探検すると、きっと遠くの森や岩山に通じていて、地上に出られると思われたが、マレッティはそこまで調べる気は無かったので、途中の小部屋のように窪んでいるところまでやってきた。


 そこに、岩へ打ちつけられた太い鎖に両手首をつながれた、衣服もボロボロ、茶色い長髪も蓬髪の女性がいた。痩せこけ、うなだれて死んでいるかに見える。足は弱って変な方向へ曲がっており、立てない。天井のかすかな隙間から、かろうじて弱々しい日光が差し込んでいる。肉体すらも、既に屍蝋化を始めている。


 「ほらほら、起きなさあい。死んだの!?」


 女性が唸り声を上げる。生きているが、片目も白濁してつぶれ、息をするのがやっとのようだ。口から、よだれとも胃液ともつかぬ液体が流れ出る。歯も、かなり抜けていた。カクカクと首を振り、マレッティを見上げた。


 「ほおらあ、久しぶりにご飯よお。いい感じに熟成してるわあ。この冷えきった洞穴に、並べておいたのよお」


 白い息を吐き、大きな袋からマレッティ、土色に変色した人間の腕を取り出した。大柄だが、女性の腕だった。先日の戦いで死んだバスクの腕を失敬しておいたのだ。


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