第3章 1-2 レラの目醒め
「なんでオレは、こんなやつの話に乗っちまったんだろうなあ」
アーリーが微笑んだ。
「私もお前も、同じくらい大馬鹿だということだ」
「馬鹿ですめばいいけどな!」
アートがくってかかる。杖へ体重を預けて左手をアーリーへつきつけ、
「馬鹿が二人で竜とガリアの秘密を弄び、世界が滅びましたでは、洒落にもならんぞ!!」
「滅びないよ」
若いハスキーな声がして、二人が見ると、自らレラがその細い身体を起こしていた。次々に自らの身体へ刺さった管を抜いてゆく。血が流れるも、すぐにふさがった。ガリアの力で光っていた水がその光を失い、薄暗い部屋が戻っていた。その部屋の中で、レラの眼が青白く光っている。カンナと同じく、ガリアの力を反射しているのだ。
「滅びるのは、竜神のほうだ」
「レラ……」
アートとアーリーが、同時につぶやく。
「いいのだな」
アートが何か云う前に、アーリーが前に出て、云った。
「姉貴を助けるんだろう? やってやろうじゃないか。負けた自分が出来るのは、それくらいだよ」
レラが立ち上がり、博士たちがすぐに大きなタオルや貫頭衣をもって現れ、調整槽から出たレラの身体を拭くと頭よりその服をかぶせた。
「きまった」
アーリーがやや安堵したような声を出す。
「お前がそう、調整したくせに何を云う」
アートの声は、どこか忌ま忌ましげだ。
「調整したからとその通りに行くものではないことは、お前も知っているだろう」
「まあ……な……」
アートは大きく息をついた。こうなったら、何がなんでもやって貰うしかない。
(カンナ……頼んだぞ……)
アートにはもう、祈ることしか出来ぬ。
目覚めたレラが最初にとった行動は、大量の食事の摂取だった。調整槽は栄養も供給するので、飢えているわけではない。これは、レラがとにかく理由は不明だが食欲を爆発させたにすぎない。これまではこんなに食べることがなかったので、いきなりの大食に、ともに食事を摂っていたアートも驚きを隠せない。
「レラ、腹を壊すぞ」
「だいじょうぶだよ」
カンナとの戦いで「何か」を極端に消費し、それを食べることで埋めているのだろうか。これは、精神的なものだと思ったが、肝心の肉体がそれへ耐えきれずに調子を狂わせるやもしれず、アートはアーリーを見た。ところが、アーリーも同じくらい食べてるので呆れた。
「おまえなあ……」
ウガマールの上質な小麦による薄焼きパンがうず高く積まれ、豆と肉の煮込み、牛、豚、ヤギ、それに野生動物の各種香辛料串焼肉、各種の野菜の煮込み、野菜、穀物、臓物などの何種類ものスープ、揚げ物に新鮮極まりない果物が卓の所狭しと並んでいる。それらを片端から食べて止まるところを知らぬ。
「ま、おまえはその図体だからな。しかし、レラ、いくらなんでも食べすぎだ!」
「うるさい!」
アートの顔も見ずに、レラが高級な牛肉を頬張る。
「カンナも、ときおりこうなった。ガリアの消費に肉体が追いつかないのだろう……」
云われて、アートがハッとする。カンナがこんなに食べるのは知らなかったが、彼女たちの肉体はバグルスと融合して……いや、させられている。食欲も消化能力も、竜並か。
(人間ではない……)
アートは胸がつぶれそうだった。さすがに、呵責に耐えられなくなってくる。
(せめて好きなことをさせてやるしかない……のか……?)
そしてホレイサン=スタルの女剣客キギノへあれほどレラを叩きのめさせて鍛えつくしておいて、いまさら心配か、と、自分が嫌になった。
(そうか、オレがレラをできる限り冷たくあしらっていたのは、自分で余裕がないためだと思っていたが、感情移入すると自分が罪の重さに耐えられなかったからか)
アートは自己欺瞞に嫌気がさし、涙が出てきた。
「お前が泣いたところで何もかわらん。お前はウガマールのことだけを考えろ。この竜の世界がどうなろうと、人間が滅ぶということはない。神が変わるか、これまで通りか、というだけだ」
アートがムッとする。




