第3章 7-6 涙
が、力なくその穂先はカンナの脇の地面へ突き刺さり、デリナはどっとその場へ座り込んだ。黒剣が、独りでにピクリと動いたように見えたが、うつむいて喘ぐデリナに、そのままカンナの右手に納まっていた。
「ここは引け。デリナ」
デリナは顔を上げなかった。
現れたのは、他の竜を含め、大王火竜とバグルスを一人で全て倒したアーリーだった。
アーリーも元の姿に戻っている。傷だらけだった。真紅の鱗鎧も元の姿へ戻り、かろうじてアーリーの大柄な肉体を覆っていた。
アーリーはその手に持っていた、デリナの櫃より出してきたであろう、替えの黒いドレスを無造作に全裸のデリナの肩へかけた。
デリナは顔を上げず、小さくため息をついた。
「……仲間を倒した我を殺さぬのか。仇討ちはせんのか」
「いま、カンナを見逃したからな」
「見逃したわけではない……」
「貸し借りは無しだ。引け」
「相変わらず、あ、あ、あ、あまっちょろい……」
デリナは槍を杖に、全身の力を込め、ガクガクと足を震わせ、立ち上がった。そこで初めて虚空めいた瞳で上目づかいにアーリーを見た。アーリーも、その紅い瞳でしっかとデリナを見返す。アーリーが竜と袂を分かち、竜の支配する地を飛び出してより、三十年余ぶりの再会だった。二人の脳裏と胸中によぎるものは、なんだったのか。それは分からない。ただ、デリナの眼がみるみる潤んだ。
「アーリー……どうして……」
たまらずデリナがうつむいた。涙がこぼれおちる。
「どうして……我を……捨てたのだ……どうして……」
そこでデリナは聴いたことも無い涙声を発した。
「どうしてあたしを裏切ったのよお……」
アーリーは答えない。表情とて微塵も変えず、ただ、
「デリー……引くのだ」
とだけ云った。
「……己、相変わらず……」
デリナの声が、たちまち憎しみにふるえる。だが、余力はもう無い。
「フン……」
デリナは涙をぬぐうと、アーリーへ後ろを向け、その場を離れた。
歩くデリナへ、背中に輿を設えた大猪竜が、静かにすり寄った。デリナがその竜の顔を撫で、がっくりと気絶する。
大猪はすぐにデリナを支え、そのまま首へ気絶したデリナをうつ伏せに乗せると、かろうじて生き残った竜たちを引き連れて、サラティスから去ったのだった。
アーリーは、遠くそれをみつめていた。
マレッティが、恐る恐る近づいてくる。




