第1章 5-3 重戦闘型バグルス
二人がそう囁きあい、ふとカンナを見てゾッとした。カンナは無言で闇にたたずみ、既にその瞳が竜の発光器めいて蛍光翡翠に明滅し、眼鏡を反射させて光っている。殺意の表れだ。体内の電流がその翠の瞳を裏から照らしている。共鳴が既に始まっているのだ。
「……カンナちゃ……」
スティッキィが何か云おうとした瞬間、廊下を曲がって音も無く曲者が殺到した。
襲撃は四人組だった。カンナの闇に光る眼鏡が、格好の目印だった。一人がガリア遣い。三人が一般人だ。だが四人とも修練を積んだ凄腕の暗殺者だった。
暗殺者というならば、こちらはストゥーリアでは泣く子も黙る「メスト」だ。まして、カンナはそのメストを次々に返り討ちにした「カルマ」である。それも、歴代カルマ最強の。
ライバが瞬時に距離と位置を変える。スティッキィの闇星が狭い廊下を埋め尽くさん勢いで吹き上がった。一瞬でカンナの光を隠してしまう。
それよりなにより、カンナの額の辺りより稲妻が光った。本来の力の百分の一……いや、千分の一も無いだろう。そうでなくば、この木造建築物は一撃で内部より吹き飛んでしまう。
パアン! 銃声めいた乾いた音と閃光が走り、衝撃波と電撃に打ち据えられて、闇星をものともせずカンナめがけて突進した暗殺に向いた匕首のガリア……いや天限儀を持った若い女が弾かれてひっくり返り、漆喰の壁に打ち付けられて転がった。闇の中で痙攣し、すぐさま絶命する。
「…………!?」
さすがに暗殺者ども、たじろいだ。無理もあるまい。
その時にはスティッキィの闇星が迫っていた。カンナの雷撃による衝撃波で、紙でできた襖や障子などはみなぶっ飛んでいた。まったくの闇の中で音も無く大量の闇の星が飛んだが、一人が気配を感じ廊下を転がって隣の部屋へ逃げて助かった。二人は全身にごっそりと闇星が突き刺さり、血だまりの中に倒れ伏す。
残った一人がすかさず退却に移るも、瞬間移動で目の前に現れたライバに対処できず、そのブッチャーナイフが首筋に突き刺さってひっくり返る。血を噴き出して、何もできずに四人が倒れた。
「……これだけえ?」
気配が消え、闇を見通しながらスティッキィが声を出す。ぼう、と蛍光色の明かりが見えたのでライバも眼を細めた。カンナの黒剣が電光を発している。
「ちょっと、手ごたえがなさすぎるな……」
ライバは逆にそれが不審だった。
「陽動ってことお?」
「そうなるね」
陽動だとしても、こんな一瞬で倒されるとは、相手も思ってもみなかったことだろう。
「どうすんのよお?」
「皇太子さんに回さないよう、こっちが陽動になるか」
「ライバに任せるわあ。カンナちゃん、こんなんだったら敵じゃないし、それでいいでしょお?」
云うが、カンナがもう走って正面玄関へ向かった。あわてて二人が後を追う。何かを共鳴でとらえたのだろうか。カンナが共鳴でとらえるものがいるとすれば……。
「……バグルス!?」
二人も気を引き締める。ここは、バグルス技術の総本山だ。まして、ウガマールでは失われた古代の超技術がまだ生きている!
果たして、ディスケルとホレイサンの折衷様式の見事な正面玄関がバリバリ、ガラガラと音を立てて破壊される。カンナが照明代わりに球電を空中へとばしつけた。見たこともないバグルスがいて、三人が声をあげた。カンナはしかし、見覚えがあるという意味の声だった。すなわち、半竜化したアーリーやデリナの姿を彷彿とさせるバグルスである!
「あ、あれもバグルスなのお!?」
ダールの半竜化を知らないスティッキィが叫ぶ。人間の二倍半はあろうかという筋骨隆々の体格に、巨大な尾が蠢く。その角と背びれ、眼の下や肩、腿の発光器が明滅し、人間どころか竜すら引き裂く力を秘めた巨大な鉤爪のある手で太い梁ごと建物を崩していた。高完成度のバグルスが半竜化した……というより、竜の特徴を色濃く残した低完成度のバグルスをそのまま巨大化・強力化した印象だった。
さすがにダールの半竜化ほどの力はないだろうが、超主戦竜級の力を秘めていると仮定すればカンナといえど「本気」を出さなくては対処できないやも知れない。なるべく騒動を起こさないという目標は達成できぬ。
「だからって、あれじゃあな!」
しかも、その他に暗殺者たちがいた!
陽動のほかに本隊が八人!
そのうち、天限儀士は二人だった。
「あの光の球をつぶせ! 」




