表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガリウスの救世者  作者: たぷから
第8部「神鳴の封神者」
567/674

第1章 3-5 ミナモの茶

 「無駄ぞ。この屋敷とて、特例中の特例だ」


 振り返ると庭にミナモがいた。また昨夜とは違う服を着ている。こんどは今風の武家装束で、黒小袖に濃い鼠色の青縦縞袴を履いている。足は白足袋に雪駄で、被り物はない。帯には短刀をたばさんでいる。


 「どう見てもホレイサン人だが、ディシナウ語がうまいのう」

 「おかげさまで、ディスケルの人達とつきあいがたくさんあるからな」


 ホレイサンの人間らしくにっこりと笑うのだが、その鋭い眼が全く笑っていない独特の笑みだった。パオン=ミは素直に不気味だと感じた。ホレイサン人は、貴賤に問わずよくこういう表情をする。


 「では、おぬしがどういう意図なのか、お教え願えるかな?」

 「意図……ね。ま、散歩でもしようじゃないか。あっちにお茶もある」


 ミナモが歩き出す。すかさず下女により履物が用意され、パオン=ミは庭へ下りた。そのままミナモのやや斜め後ろを歩く。それは正解で、並んで歩くほどパオン=ミの身分は高くない。もっとも、たとえ横に並んだとしてもミナモはそれを許しただろうが。


 「もう時間が無い。聖地の審神者(さにわ)達が考えている以上に、事は深く静かに進んでいる……ただ、審神者達は何をどうしてよいのか分からないんだ。古すぎる家系だからね……ディスケル皇帝家や、ホレイサンの人竜皇(じんりゅうおう)家も審神者一族の出とされている……もう古すぎて、何をするにも訳が分からないのさ。これまでは()かったろうけど、いよいよもって未来はないよ。そんな連中と心中は御免だ。そうだろう?」


 そう云って振り返った際の、先ほどとは打って変わったミナモの狂気的な笑顔は、パオン=ミを心胆を寒からしめるのに充分すぎた。これほどの無邪気な邪気は、感じたことがない。


 (何者か……こやつ……)

 タカンなどより数万倍も危険な人物に囲われてしまった。それが是か非かは分からない。


 「西域じゃあ、もう二千年だか、千五百年だかも前に審神者どもを滅ぼしている。英断だよ。すごいよね。だけどこっちがこうだから、西域もあんまり変わってない。少なくとも、こっちは千年……いや、五百年前には変わってなくちゃいけなかったんだ。それに気づいたのが、二百五十年くらい前のディスケル皇帝と、当時の黄竜(こうりゅう)のダール、そしてそれから五十年くらい後に現れた碧竜(へきりゅう)のダールだ。ピ=パの審神者どもが気づいた時には、もう二人とも姿を消していた……死んだら次のダールが出てくるだけだから、生きたまま姿を消さなくちゃならない。うまくやったもんだね」


 「…………」

 パオン=ミの背中に、じっとりと汗が伝わる。


 「だけど、カンナカームィの存在がすべてをひっくり返す。すべてだ! この世界のすべてをね! ウガマールと赤竜のダールめ、まったくとんでもないものを造り上げたものだ。せいぜい、利用させてもらうよ。フフ、フ……」


 「お……」

 喉がへばりつく。パオン=ミは咳払いし、なんとか声を出す。

 「おぬしは……」


 「僕は、ただの獅子身中の虫さ。聖地にとってはね。いや、もしかしたらホレイサンにとっても。さ、お茶をどうぞ」


 湖より吹いてくる風の心地よい庭の松林に、緋毛氈(ひもうせん)の敷かれた床几(きちょう)があり、野点(のだて)の大きな傘があった。二人が座ると、金糸銀糸の刺繍の花と竜の模様も豪奢な留袖を着た人形めいて美しい女性が無言で茶をたてる。高級な手砥ぎ砂糖で造られた干菓子を出され、ミナモが指でつまんで口にしたので、いまさら毒も無いだろうとパオン=ミも食べた。雪のようにとろけ、ふんわりとした甘さと香りが鼻腔に消える。ディスケルのどぎつい甘味とは根本から異なるものだった。ただ、ディスケルの味に慣れたものには物足りないかもしれない。


 それから抹茶が手渡される。作法がよくわからないのでそのまま飲んだが、あっさりと甘みを流してくれつつ、苦みの中にも茶自体の甘みもほんのりと感じる味だった。ディスケルの茶とは根本から異なる。


 「ま、煎茶もあるがな。こういうときは、抹茶がうまかろう」


 茶葉を発酵させて煎じるのではなく、特別に育てた専用品種の茶を蒸して乾燥させた後に粉末にして湯に溶かして飲むというのは、ディスケルには無いか途絶えたもので、パオン=ミも初めて口にしたがふつうにうまいと思った。


 「……で、おぬしは何者だ。タカン……いや、マヒコ親王より身分の高い皇族か?」

 ミナモが笑う。 

 「なにゆえそう思う?」

 「なにゆえと云われてもな……」


 「不慣れな武家のかっこうはなじまない……か。ま、なんでもよいさ。そなたに関係ない。そなたらはそなたらで、私を利用すればよい」


 「親王にも同じことを云われたわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ