第1章 3-2 皇位継承権第27位
「ながなが話していてもしようながい。結論から云う。私はお前たちを助けに来た。その代わり、私の手の者となれ」
「は?」
さすがにパオン=ミの顔が呆けた。だがすぐ、厳しい顔つきとなる。
「……条件は」
「私を……ホレイサンの皇位につけるのだ!」
「……!?」
眉をひそめてパオン=ミが絶句する。その意味を察し、タカンは苦笑いだった。
「そんな顔をするな。これでも皇子の端くれだぞ。確かに皇位継承権は二十七位だが……やりようはある」
パオン=ミの顔が困惑へ変わった。この歳で二十七位であれば、皇位につくなど夢物語だろう。やりようがあるとかという問題ではない。本当にあるとすれば、ただ一つだ。
「戦乱を望むか……ディスケル=スタルとホレイサン=スタルとピ=パであい争い、この大地が焼け野原になれば、やりようによっては救国の英雄になる機はあろうの」
「さすがだ」
タカンが満足そうに目を細める。
「その機にカンチュルクでは勝手に誰でもディスケルの帝位につけるがよかろう。親王がよければそうせよ。カンチュルク王でもよいし、アトギリス=ハーンウルムでもよい。その代わり、こちらも私を皇位につけるのだ」
「何故か。そこまで云うのであれば、単なる栄誉欲ではあるまい」
我が意を得たりとタカンがうなずいた。
「その通りだ!」
そのまま、喉を潤すために茶をぐいと飲み干し、
「よいか、このままでは、ホレイサンは聖地と共倒れよ。主上や武家公家諸公は聖地へ深入りしすぎている。そのうまみは確かにあるが、危険もある……。カンナカームィが聖地を滅ぼし、ホレイサンとディスケルで戦乱になれば、すべての関係がひっくり返って生まれ変わる。その後の新しい世界を、私が率いて見せよう」
パオン=ミは全く信用しなかった。こんな小物に、それほど大それたことができるとは、とうてい思えなかった。
だがいまは、これを利用するほか手はない。むしろ幸運だった。好機だ。
「よかろう」
タカンの顔がパッと晴れる。
「……と云うのは簡単だが、いちど謀られておる。先に行動で示してもらいたい」
パオン=ミ、再び殺気に満ちた目で睨みつける。しかしタカンめ、涼しい顔で、
「もちろんだ。今すぐ無罪放免とはゆかんが、しばし待て。ひとまず戻ってもらおう。ここからの対応の違いで見極めてもらいたい」
しゃあしゃあとそう舌を滑らせると、退室した。パオン=ミは衛兵に連れられ、岩牢へ戻った。
戻ると、もう状況が変わっていた。まず牢役人が別人となっている。あの中年太りではなく、中肉中背で顔の四角い壮年の人物だった。その者の指示で、マレッティとマラカが手当てを受けていた。敷き藁が取り替えられたし、蒸留酒で消毒され牢内の環境もかなり良くなった。なによりその夜のうちに最も過酷な岩牢ではなく、上級階層の入れられる座敷牢へ移された。畳と布団があり、二人が寝かされ牢医によって看病される。
「なんとまあ……」
出された膳の食事を食べながらパオン=ミが呆れる。飯も汁も彩もうまい。
(が、これで当面は助かった……ここが聖地というならば、カンナたちの到着を待ち、その後、合流もできよう……)
それまでになんとか二人を全快させなくてはならない。
しかし、話が良すぎる嫌いもあった。
(あやつのことだ……これを見越しての二人のみへの拷問だった可能性もある)
最初からタカンによって仕組まれていたというのだ。
なんにせよ、二人が治ってしまえば逃げようはある。タカンへの復讐はその時だ。
だが、事態はさらに動いた。
二日後。
毎日包帯や薬をとりかえられた二人の容体が少しずつ回復し、意識を取り戻した。
「……どこよ、ここ?」
起き上がろうとしてマレッティが痛みに呻く。特に足の傷がまだ酷い。マレッティの両足は顔みたいに腫れて化膿しており、医者が切開して薬液で洗ったが、思わしくない。このままでは助かっても一生歩けなくなるとの見立てだった。
マラカは眼を開けても放心して、うつろな顔で一言も発しなかった。
(こやつは、もうダメやもしれんな)
パオン=ミが難しい顔で横たわるマラカを見つめる。
「ちょっと、説明しなさいよお」
「実はな……」




