第3章 7-1 デリナ再び
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カンナとアートが森を抜けると、そこからも遠目にアーリーと大王火竜の激しい戦いが見て取れた。二人とも、アーリーの変貌した姿を目の当たりにして息を飲む。
「なんなの……アーリー……!?」
アートは、その拳を握りしめた。
(やったか……アーリー……その姿を曝すか……)
「ねえ、アート、アーリーが……」
「ダールの真の姿だ。あれを見せなくてはならないほど、状況は圧されている。デリナめ……総掛かりをしかけているな。あの姿は長続きはしない……アーリーが持たない」
「アーリーの加勢をしなきゃ!」
「だめだ、そっちより、デリナが先だ。急ごう、カンナ、デリナを倒す!!」
「そうなんだ……!?」
カンナは不安だった。だがいまはアートに従うしか判断できない。判断するほど竜との戦いの経験がない。
(もどかしい……)
二人はアーリーと大王を横目に、平原を駆け抜けた。ガリアを出していないからか、駆逐竜もいない。いや、駆逐竜が何頭もアーリーの攻撃にぶっとばされ、火達磨で宙へ舞っているのが見える。大王火竜がアーリーへ迫るも、アーリーが巧みにかわして、周囲へ群がるバグルスや駆逐竜をつぶしていた。
(すごい……!)
カンナは恐ろしいまでのアーリーの戦いっぷりに震えが来た。
「……俺も初めて見る。アーリーがあの姿になるのは、話に聴く限りだが、三十年ぶりで……バスクの組織ができる前のことだ。今のサラティスで、アーリーのあの姿を見たことがあるのは、長老を除いてほとんどいないだろう。ましてバスクは。……街の連中に、あんな姿を見せたくない。思慮の浅いバスクやセチュたちに、どう思われるか」
アートが走りながら云った。
「ど、どういうこと!?」
「ただでさえ何を考えているか分からないうえに、人間離れした強さで、しかも半分が竜。いつまでも歳をとらずにバスクの頂点へ君臨しているアーリーは、実はあまり評判が良くない。あんな姿を見られたら何を噂されるか、知れたもんじゃない。街を追われるかもしれない。それだけは避けたい。サラティスのために!」
そんなばかなことがあるのか、とカンナは思った。
「……どうしたらいいの?」
「とにかく急げ急げ! デリナを倒すんだ、あんたがな!」
これまでならば、気後れして逃げ出したくなる気持ちが勝っていたが、いまは、ようしやってやる! という思いがふつふつと血液の底から沸き上がった。地を這う地鳴りと、電流と共に。バチッと、カンナから電気がほとばしり、アートは驚くと同時に頼もしく思った。
(カンナの強い気持ちに、ガリアが応えている……これなら、やれる!)
アートは自信があった。
(そのためにカンナは……カンナカームィは生まれた!)
走りながら遠眼鏡で索敵する。目ざとく、アートは輿を背中へつけたひときわ大きな大猪竜を発見した。
「あそこだ!」
アートが走る速度を上げた。カンナも懸命について行く。
近づくにつれ、漆黒の女性が立っているのが分かった。デリナ!
「度胸ありやがる! ……何か企んでいるかもな。俺が露払いだ、あんたはまだ下がって、デリナの攻撃をよく観ていろ! 観察が、全てを決める! 頃合いを観て挟撃しろよ!」
「……分かった!」
「頼んだぜ!」
さらに走る速度を上げ、アートが先行する。無敵手甲を装備し、四枚の障壁が展開する。デリナが漆黒の手槍を構えた。
「うおおおお!!」
障壁が捻じり畳まれ、両手に装着された。回転し、アートが走り込んで右手からまずそのドリルを飛ばしつけた。デリナは槍を突き出してその軌道を変えた。拳が弾かれて大きく弾道を変え、アートの元へ戻る。アートは走りを止め、迂闊に近寄らなかった。
「どうしたえ、アート」
にやにやと笑いつけ、デリナが槍先を揺らして挑発する。アートの後ろのカンナにも眼をむけた。
「女連れでいくさとは、いい御身分ではないかえ?」
「ぬかしていろ」
「逆か、バスクス! 男連れでガリアの戦いにおもむかんとは、いかなる存念か!」
「ガリアに男も女も関係あるか!!」
カンナがデリナの誘いに乗って応える前に、アートが再度突進した。
「我に同じ手は通じぬわえ!!」
デリナが槍を振りかざす。漆黒の蒸気が噴霧され、煙幕めいてデリナを囲った。これは猛毒のガスだ!
アートが舌を打って走り込み、風上を探す。
そこに、バグルスが待ち構えていた!
銀髪が風へ涼やかになびく少年のような風体だが、その両肘から骨が硬化した刃が突き出ている。
「やろう!」
アートは左の拳を楯へ戻し、展開しつつ右手のドリルを回転、走り込んでバグルスと対峙、攻撃と防御を同時にぶちかました。バグルスが尾で地面を叩きつけ、驚異的な跳躍力でアートの頭上をとる。そのまま一瞬で背後をとられたが、バグルスの攻撃は左の拳を解除した楯が自動的に防ぐ。アートはもう、その場を離れていた。振り返ってドリルを飛ばすも、タイミングが合わず、少年バグルスは難なく避けた。毒煙が周囲を漂う。




