第1章 1-2 黄竜のダール
「誰だって聴いてんのよお!!」
スティッキィが右手を動かしたが、ガリアは出なかった。ぎょっとして息をのむ。
「あ、ここでは天限儀は遣えないから。私とカンナ以外はね」
「カンナさんを知ってるんですか!?」
ライバが一歩前に出る。
「知ってるわよ。たまに上に行くし。アーリーとも会ったことあるし」
「アーリーと!?」
カンナも素っ頓狂な声を発した。だが、その言葉だけでこの人物を信用してしまう。本当にアーリーと知り合いなのか、確かめようもないのに……。
「そんなことより、時間がないの! いい!? こっちの寸刻は、上じゃ一か月にも相当するんだから!」
人物がわめき散らし、その独特の迫力に三人はびびって固まってしまった。そもそも、こんなところで何をやっているのか……? いや、どうやってここにいるのか……? はじめよりここの住民なのか……?
「いい? ここから聖地には行けるんだけど、いま行っても残念ながらいまのカンナじゃ不完全だわ。つまり勝ち目はないの。仕方ないよね~。技術的な限界だから……。まあまあまあまあ、落ち着いて、落ち着いて。それで、どうするかって云うとお! 帝都に行ってちょうだい! そして皇太子殿下に会って! いい子よ! ひいひいお爺さんから知ってるけど……何回か、会ったこともあるの。あっ!! もう時間がないわよ! さ、急いで急いで、詳しくは殿下に聴いてちょうだいね! さ、早く、こっち、こっちよ! いいから、い、そ、い、で!」
三人がそのせわしなさに圧倒されポカンとしていると、人物がカンナの手を取り、引きずるようにして闇の向こうへ早歩きで向かいだしたので、二人も今度こそはぐれまいとあわてて着いてゆく。
「さ、ここ! ここよ! ここに立って。私の力で上に飛んでくから。心配はいらないわ、ちゃーんと飛んでくから!」
云われるがまま、三人は石の台のような、そこだけ光が当たっているような場所へ立った。
すかさず人物がガリアを出す。その右手にあるのは、黄金に輝く細竹の杖だった。
「あっと忘れてた!!」
何をするかと思ったらいきなりそう叫び、ガリアの黄金の竹杖でポクポクと三人の頭を軽く叩いた。何事なのか意味がわからず、さらに目をむいて固まる。
「さあ、これで向こうでも言葉がわかるから。脳を調整したのよ。私のガリアの力でね。便利なもんでしょ!? そういう力が必要だったから、発現したのよ! じゃ、こんどこそ行ってらっしゃい!!」
云うが、竹の杖を振り上げる。
「あっ、あんた、だれ!?」
たまらずスティッキィが目を吊り上げて反射的に叫んだ瞬間、人物が杖を一気に振り下ろし、三人は時空ごと上方へ引っ張られた。
「私はショウ=マ……」
人物の声が、ぷっつりと途絶える。
2
「…………」
マレッティが目を覚ますと、既にそこは地下の牢獄であった。石牢だが石造りというわけではなく、岩窟を利用して藁を敷いている。マレッティは身体を動かしてみた。手足の戒めはほどかれていたが、激しい頭痛にめまいがする。関節もやたらと痛い。薄暗く、明り取りの穴が壁の上のほうにあって埃を映している。ここは……ホレイサン=スタルのどこかなのか。
「アッタマイタ……パオン=ミ、いるのお?」
「我はここぞ」
意外とすぐ近くから声がする。隣の房だろう。天然の地下岩窟をさらに掘って加工し、複数の穴を作っている。檻は頑丈な木製だった。
「マラカは? 無事?」
「拙者はこちらに」
反対側から声がした。するとマレッティは真ん中か。
「チクショウ……あのやろう」
タカンの顔を思い浮かべる。すぐにガリアを出そうとしたが、出ない。妙なガリア封じの術が獄に施されているのだ。バグルスでもないのにガリア封じとは恐れ入る。
「気がついたか」
声がしたのでタカンかと思ったが違った。ホレイサンともディスケルとも違う官服を着た役人だ。蝋燭の光が乏しく、よく顔が見えない。
「七日後から尋問だ。わかっていると思うが、ただの尋問ではないぞ。泥を吐くのなら今のうちだ」
どこの言葉ともわからず、マレッティとマラカはパオン=ミが何か云うのを待ったが、パオン=ミも黙ったままだった。彼女にも言葉が分からないのだろうか。
「泥を吐くのなら今の内だ」
ディスケル語で役人が云いなおす。




