第3章 8-4 ルァンとエルシュヴィ
門派独特の半月刀剣である心竜剣を両手に、猛獣めいて忍者たちに襲いかかる。これは竜の羽ばたく様を模した象形拳の一種で、体の回転や分銅めいた腕の動きの威力がそのまま刃に伝わって相手をズタズタに切り裂く。骨までは断てないが、肉を切り刻む。
片やエルシュヴィの柳葉刀は正統派で、心把竜合拳という質実剛健な拳法の技に忠実だ。低い姿勢から独特の半身になりつつ鋭い踏みこみで地面を蹴りつけ、その反動を攻撃へ乗せる。その手の先に大きな刀がある。人の首くらい、一撃で落とす。
このように、一つの拳法と云っても技が数百もあり、その組み合わせは個々人によって無限。正統源流派、象形拳の流れをくむ比較的新しい派、それらの折衷派、近年に身体運用から革命を起こし全く別の発頸を編み出した新心把派など、流れも幾つかあって千差万別である。それらを複数修行する者もいるし、一つの派を極める者もいる。心把竜合拳だけを見てもここまで奥が深く、そんな武術が帝国内にいったい幾つ発生しているのか、誰もわからない。アトギリス=ハーンウルムにも、主流が心把竜合拳というだけで他に五つほど門派がある。
気が付けば、遠巻きに二人を数人の忍者が取り囲んでいた。
だが忍者たち、容易に攻めこまぬ。カヤカの命が伝わり、時間稼ぎに徹する。
それは、二人にも伝わったようだ。周囲の喧騒をよそに、二人で背合わせのまま、息を整え状況を確認する。
喧騒の他にすごい連打音がするので傍目で見やると、楼閣門が閉ざされ、何人かの忍者が板を釘で打ち付けているではないか!
「……見なよ、私らを上に行かせない気だ」
ルァンが両手を交差し、心竜剣を竜が翼を畳んだ構えにし、鋭い声を発した。
「敵も然るもの、トァン=ルゥ様も上下を閉ざされて孤立なのねえ」
エルシュヴィが大柄で豊満な身体から、おっとりした声を出して答えた。
さらに見やると距離的に三神廟前の広場からも黒煙が立っている。
「カルン様のところと、三点同時攻撃だわぁ」
「そして、それぞれ足止めか」
「どうするう?」
「こっちから仕掛けるしかない!」
云うが、ルァンが動いた。同時にエルシュヴィも動く。しかも、それまで二人で独自に動いていたものが、二身一体の技で攻撃を仕掛ける。二人組手の一種で、高度な業だ!
象形派のルァンが踊りめいた大仰な回転で撹乱し、その死角から源流派のエルシュヴィが大きな身体をものともせずにその撹乱の陰へ隠れて襲いかかる。焦った忍びの一人の動きが一瞬遅れ、硬直してしまった。迫りくるルァンの心竜剣に眼というか気が行ってしまい、それが通り過ぎた後に現れるエルシュヴィへの対処が致命的に遅れた。強烈な踏みこみから肩当てを食らってがっくりと腰を落とした瞬間に、柳葉剣が唸りをあげて下段から切りかかる。鎖帷子ごと下腹から鼻先まで切り裂かれ、ひっくり返って動かなくなった。
忍者ども、すぐさま間合いをとる。二人に近接攻撃は自殺行為だと既に理解している。
「シイッ!」
組頭と思われる一人が面頬の下より鋭い息を発した。すかさず忍者たちも組み手を変える。ここへ配置されたアトギリス=ハーンウルムの守備兵はルァンとエルシュヴィを含めて十二人。少ないようだが門前広場の面積から云ってこれ以上は多すぎて逆に戦えない。襲撃部隊は八人。ホレイサン=スタルの精鋭だ。後宮から逃げ出した者たちの他、使用人などにまぎれて三十人ほどが入りこんでいたのだ。そのうちの八人が二人を襲った。
いま、残っているのはそれぞれ七人と六人だった。互角……いや、やや忍者軍団有利である。
猛然と二人一体で忍者へ襲いかかる二人の邪魔をせぬよう、槍や剣を持った守備兵たち五人が遠巻きに壁際まで下がる。忍者たちは二人の攻撃を一足跳びで躱しつつ、壁際で棒立ちとなった守備兵めがけて手裏剣を打つ。一人は躱し、一人は狙いが外れたが、三人がまともに首筋や顔、胸へ手裏剣が突き刺さり、毒が回ってばったりと倒れる。
すかさず焦る二人の守備兵めがけ、組頭が獣より早く襲いかかって一人を大脇差で突き殺し、もう一人は目にもとまらぬ速さで手裏剣を打ってこれも殺した。
一瞬のうちに守備兵五人が全滅、残るはルァンとエルシュヴィのみとなった。仕掛けたのが仇となったか。
「くそ、こいつら!」
ルァン、ひたすら逃げる忍者たちに憤り、興奮して動きに隙ができる。
そこへ、六人の忍者たちから縄や投網、鎖分銅が飛んだ!
一人二人ならまだしも、壁に囲まれた閉鎖空間で周囲六人からの同時攻撃、しかも二人は組み手で密接していた。難なく捕らわれてしまった。
「しまっ……!」
網を切ろうにも鎖が邪魔をし、鎖を引きちぎろうにも足をからめとった縄が絞られ、二人して転倒する。その拍子にルァンの独特の形をした心竜剣の上にエルシュヴィが覆いかぶさってしまい、脇腹へ刃が深々と突き刺さった。自滅だ。
エルシュヴィが苦悶の声を上げ、ルァンが奥歯をかむ。なんということか!




