第3章 8-2 皇太子妃の爵
「こう見えて、下の二人より強いんだから」
にやっと笑い、袖を持ち上げて見せる。ザッシュ、と袖に何かが詰まっている音がした。まさか袖の中に武器を仕込んであるのか。
「へええ……」
カンナたち三人が、さも意外という顔をする。彼女は凄腕の暗器(隠し武器)使いである。そして、密かに天限儀士でもあった。
と、神廟へ向かおうとすると、スティッキィが立ち止まる。
カンナとライバが振り返った。
「どうしたの?」
「あたしもここで、カルン様のお手伝いをするわあ」
スティッキィ、裾をめくって腿へガーターで留めてある細身剣を見せる。
だが、カルンがそれを咎めた。
「だめよ、あんたは、カンナの最後の砦なんだから。儀式の間を護りなさい」
「カルン様……」
「カンナだけじゃない。妃殿下も護らなくてはならないのよ」
そうだった。スティッキィがここにいたら、廟内でカンナの側にいるのはライバだけになる。神廟の中は近衛兵も人数が限られる。数少ない神官戦士のみとなるのだ。ライバは、実戦経験は多いが武術に関してはスティッキィの足元にも及ばぬ。
「わかりました」
スティッキィの答えに、カルンは力強くうなずいた。
「さ、そういうわけで、ここは私にまかせて、行った行った」
スティッキィが両袖を合わせて礼をし、カンナとライバも会釈すると、いよいよ一行は長い階段を上り、神廟の前に来た。大きな建物で、古い様式の宮廷の姿をいまに伝えている。扉が開き、中へ入ると屋根と天井の無い壁だけの巨大な中庭のようになっており、小さな廟が三つあった。小さなといっても祠のようなものではなく、巨大な建物の中に普通の建物がある印象だ。天井も外部からは屋根があるように見えて、入ると吹き抜けで空が見えている。巨大な城壁になっている。この神廟自体が既に城壁に囲まれているが、その中でさらに本廟が城壁になっている構造だった。
三つの神廟の前の空間に、儀式の装束に正装した両殿下が既に立っていた。
道士を筆頭に一行が両殿下の前へ並び、深く礼をする。
「よく来た、カンナカームィ」
皇太子妃が鈴のような声を出した。皇太子が一歩下がり、スティッキィとライバをいざなう。
「さ、見届け人はこちらへ。余と共に……竜の世の終わりの始まりを見届けようぞ」
え? 二人が眉をひそませる。
「妃は聖地よりここへ遣わされた。妃が竜眞人へ竜神降臨の儀を伝える。また、そのための天限儀を嫁いでより得た。これは、神がもはや竜の世を終わらせるために妃とカンナカームィを遣わしたとしか思えぬ」
皇太子が感慨深げに云う。てっきり皇太子がその儀式を行うと思っていたスティッキィとライバは、ただ声も無くカンナと皇太子妃を……聖地の斎宮ディス=ドゥア=ファンを見つめた。
「カンナカームィ、この三神廟を見るがよい」
ディス=ドゥア=ファンは立ち並ぶ全く同じ神廟を順に指し示した。
「代々の竜王朝が崇めてきた古代の三神である。右が人皇神、左が竜皇神、そして中が可皇神ぞ」
「かおう?」
「左様」
そこへ大道士が深々とこうべを垂れ笏を掲げながら、
「畏れながら御説明申しあげます。人皇は古代の人の神にて、我ら人を生みし始祖と伝えられております。竜皇は数多いる竜神を統べる始原の神と伝えられております。可皇は、現在においては謎の存在でありまするが、宇宙の柱の神とも、人でも竜でもない存在とも考えられております」
「竜でも人でもない……」
カンナが茫然とつぶやく。どこかで聴いた話だ。
「では、はじめよう。すぐに終わる」
ディス=ドゥア=ファンが両手を天へ掲げると、その両手の中に忽然と物体が出現した。カンナたちが、
「あっ……」
と、声をあげる。ガリアだ!
それは遺跡より発掘される古代の青銅製の爵だった。温めた酒を注いで回る瓶のようなものだ。当時、まだ精巧な陶器が無く、青銅製だった。両手で持つほどで、ふつうの杯よりやや大きい。ガリアであり、新造のようにビカビカに光っている。表面には七眼の竜の文様が刻まれている。ガリア……いや、天限儀「天可七眼竜文青銅爵」だ。
同時に、楼閣門の向こうから鬨の声がする。
襲撃が始まった!




