第3章 6-2 総力戦
アーリーとマレッティは、すみやかに森を抜けかけたころ、梢の上を大鴉竜がカンナの元へ向かったのに気づかなかった。一瞬、風が舞い込んだが、マレッティが振り返っても、もう竜の姿はどこにもなかったからだ。
それからすぐに森を抜け、二人は荒野へ出た。がらんとして、竜の気配もない。
「みんな、サラティスに行っちゃってるう?」
マレッティが遠眼鏡を出して周囲を偵察する。
「分からない。もう少し、前進しよう。……デリナの気配もない」
まさか、そのころデリナがカンナを襲っているとは、アーリーも思っていない。
二人は慎重に走り、平原を突っ切った。四半刻も進むと、右手に、平原の真っ只中にぽつんとサラティスの城壁が遠くに見える位置まで出る。
マレッティが遠眼鏡でサラティスを観察した。あれだけ上空にたむろしていた軽騎竜が、一頭もいない。
気がつけば、雲が低く垂れ込めている。
「門前には、まだ猪がいるみたいよお。正門は閉まってるわあ」
「つまり、バスクたちを閉じ込めているのか」
アーリーは眼を細めた。風が生暖かい。湿っている。
「何か、気配が変だな……」
遮るものも無い平原のど真ん中だが、それは竜も同じだ。灌木や岩山、背の高い草むらを慎重に観察したが、竜の接近を今のところ許してはいない。
と、二人とも思っていた。
ぐらぐらと地面が揺れ、身構える二人の周囲に、土を割って土竜竜が五頭……いや、十頭は出現する。すぐさま、雲の合間より、大鴉と軽騎竜が次々にとびでてきた。その数は、瞬時には分からない。三、四十といったところか。くわえて、土竜の掘った穴よりバグルスが続々と現れる。その数も、二、三十はいる。大猪は城壁にいるようだが、いつのまにか背鰭竜が十頭ほども集まっている。まして、草むらより駆逐竜の群れがごっそりと登場した。こちらも数十はいる。これではほぼ全軍だし、明らかに、当初の報告より数が増えている。増援が来ていた。さらに、
「……大王火竜だわ!」
マレッティが風に髪を抑える。鴉や軽騎どもを蹴散らして、刺だらけの見事なまでに真紅の巨体が、上空を悠然と旋回する。
「私タチガ、オ相手イタシマショウ」
誰がしゃべっているのかと思いきや、デリナによく似た、毛織の裾の短い上着に身を包んだ、真っ白い肌をした背の高いバグルスだ。すらりと長い脚がまぶしい。無表情に、真っ白い髪も長く、豊満な女性型で、これまでのバグルスに比べて、やけに人に近い。
「総力戦ってわけえ?」
マレッティのガリア、円舞光輪剣が既に光を明滅させている。
ここにきて、アーリーもデリナの目論見に気がついた。
「この大げさな遠征は、当初より我等カルマの殲滅が主目的か……デリナはどこだ」
「デリナ様ハ、貴女ガタヲ相手ニハイタシマセン」
アーリーが森を振り返る。まさか、カンナの元へ向かっているというのか。
(……アート……まかせたぞ……)
アーリーは眼をつむった。
「余裕ねえ、アーリー」
マレッティはしかし、初めて見る規模の竜に、さすがに冷や汗が出る。いかにカルマとはいえ、一人、二人で相手にする数ではない。
アーリーは決意をした。
「……マレッティ、下がっていろ」
「なんですって?」
アーリーを見て、マレッティ、ぎょっと息を飲んだ。ぶるぶると震え、その眼は火が宿ったかのごとく光っている。
「アーリー! まさか!」
マレッティは、急いでその場から離れた。そのマレッティを何頭かのバグルスと背鰭竜が追う。マレッティは目の前の土竜や、バグルスめがけて光輪をふりまいた。バグルスの一頭が胸元から首筋にかけて斬り裂かれ、血を吹きまいて倒れ臥す。




