第3章 6-1 アトギリス=ハーンウルムの第2夫人
翌日、事件後に初めて部屋をマオン=ランが訪れた。彼女としても皇太子妃にいろいろと報告ごとがあり、その後の指示もすっかり変わってしまった。あんな「事件」があったのでは無理もないが。
そのマオン=ラン、さっそくお茶の招待状を手にしていた。
「カルン様よりでございます」
スティッキィが口笛を吹く。
「あんがい、同じことを考えているのかもね」
さっそく受ける。二日後の午後だった。
事件の噂もそうだが、この噂もすぐさま後宮内にひろがり、姫たちの憶測を呼んだ。
いろいろあったが、総合すると、
「ベウリーと何かしら揉めたスティッキィが誤ってベウリーを殺してしまい、皇太子より眼をかけられている異邦の姫であるスティッキィが揉み消したが、ついにそれを許さぬカルンに呼びつけられた。スティッキィはホレイサン=スタルとつながっている可能性もある……」
というものだった。
いちいち否定する気にもならない類の話だが、姫たちにとっては序列四位がじっさいに死んでいるわけだし、病死として扱われてスティッキィにお咎めなしなのも事実だ。また、アイナが行方不明となったのも事実だった。
「既にアイナはスティッキィに殺されている……」
という話も出始めている。
「は! あたしは何者なのよ」
スティッキィ、呆れて笑いも出ぬ。
そうなると、面倒なのは「しがらみ」だ。反カルン派の姫がさっそく接触してくる。が、すべて断った。トァン=ルゥが沈黙しているのも、何も知らない姫たちにとっては不気味に映った。
「は~面倒面倒面倒くさい!」
スティッキィにしてみれば、娼館での生活を嫌でも想い出させられ、面会謝絶とした。ライバとマオン=ランがすべて客を断る。
二日後、着飾ったスティッキィが二人を従えて廊下を渡り、カルンの住む離れへ向かう。部屋の扉を少し開けたり、窓から覗いたりして、みなスティッキィへ注目した。
スティッキィは毅然として完全に無視した。それがまた反感を買ったり、憧憬を受けたりする……。
カルンは実家が藩王家であり、かつ第二夫人ということもあって、住んでいるのは離れというより、もう屋敷……いや、御殿だった。実家より派遣された信用のおける忠義に厚い下女や女官、警護官が七十人いた。それらの住み暮らす長屋や諸施設も敷地内にあった。また、アトギリス=ハーンウルム出身の他の二人の姫、ルァンとエルシュヴィもすぐに駆けつけることができるようにとり計らわれている。この二人は事実上カルンの近衛だった。下女や女官が入ることができない場所へも、二人はほぼ必ずついてゆく。
三人が招待状を手に屋敷の入口へ到着すると警護女官がそれを確かめ、すぐに通された。
大きな御殿は石造りで、他の建物とは様式が異なり、アトギリス=ハーンウルム風に特別に建築されたものと分かる。しかし、屋根はディスケル風だったので、折衷様式だった。
ちょっとその規模が想像を絶していたので、スティッキィは度肝を抜かれた。そして、気圧されぬよう気合を入れなおす。
(あたしが度胸で負けてカンナちゃんの露払いはできないんだからあ……しっかりしなくちゃ!)
正門から通されて大きな廊下を歩き、三人はカルンの待つ部屋へ向かう。が、これまでの姫たちや第三夫人とのお茶会とは異なり、まるで謁見だった。とてもお茶という雰囲気ではない。
(ま、本来であれば、あたしなんかがお目にかかれる立場の人じゃあないからねえ……)
それが、彼女にとって主君にも匹敵するカンナを護って、ある意味、身代わりとなり、こんな世界の反対側の皇帝の城の奥深くで……人生とは分からない。
三人が行きついた通路のつきあたりで、武装した大柄な警護女官の護る両開きの扉が開かれる。
中は、目もくらむきらびやかな……と、想像していたが、思ったより地味で質素な装いで、それほど広くもなかった。ただ、大きな八角形の螺鈿細工も絢爛豪奢な卓に、カルン、ルァン、エルシュヴィの三人がいる。その反対側にこれも席が三つ用意されていたので、ライバとカンナも同列に座れという意味だった。
「ようこそ、御三方……さ、どうぞ座って」
カルンが立ち上がり、笑顔で手を差し伸べる。スティッキィが両袖を合わせて礼をし、カンナとライバもそれへ倣った。




