第3章 3-3 披露宴開始
「……いやあ、こういう仕事はやったことないから、まいっちゃうよなあ」
ライバも疲れを隠さない。とにかく、皇太子妃より人員がどっさりと派遣されたので段取りや進行については心配はないが、肝心の本人たちがまったくの未体験なのでどうしようもない。
「王家や貴族から後宮に入る姫たちは、規模の大小はあれ、こういうことも実家で経験済みなのですよ。やっぱり庶民とはそこが違います。でもスティッキィ様はそもそも異邦人ですから、何もわからなくとも仕方ありませんので、恥はかきませんよ。とにかくお披露目ですから、先日もうしあげた重要人物だけは、しっかり把握しておいてください。たったひと月だけとはいえ、何が起こるかわかりません」
「そうですね」
「ねえ、ライバ、わたしはどうすればいいのかな」
カンナがスティッキィの部屋から戻ってきた。
「カンナさんはスティッキィの側で、気を配ってあげてください。たぶん、衣裳に埋もれて身動きもままならないと思うので」
「うん。わかった」
カンナの眼に生気が戻ってたので、ライバは少し安心した。
ライバとカンナも緊張しながら点心を食べて腹ごしらえをし、時間をつぶす。下女たちは宴の場で飲食を許されない。下がれば大丈夫だが、二人は下がるつもりはなかった。
やがて、どやどやと先ほどの衣裳係達が入ってきてスティッキィを起こし、本番が始まった。一刻をかけて一回目のお披露目の衣服を整える。沐浴で軽く身を清めてから何重にも下着を重ね着し、赤地に黄色い鳳凰の刺繍された衣裳に黒真珠の髪飾りは皇太子妃が見立てたもので、金髪碧眼のスティッキィによく似合った。
会場である宴の間は、かつては数百人が入ることができる部屋もあったがいまは使われておらず、百人ほどが入れる場所を広々と使ってもまだ余裕があった。その様子を往時を知る者が見たら落涙するであろう侘びしさだったが、当人たちはここ数十年ほどこうなので、特に違和感はない。入り口から長い緋毛氈の敷かれた通路が伸び、行きつく先には皇太子と皇太子妃が真正面の上座へ並んで座っている。その左に通路をむいて第二夫人、右に同じく通路をむいて第三夫人が座って、あとは序列でずらりと居並ぶ。重そうな大理石の卓に、豪奢な椅子が用意されていた。既に卓上には前菜と酒が置かれている。極上の白ディラ酒だ。女ばかりなので、おしゃべりに華を咲かせてみな噂の異邦の姫の登場をいまかいまかと待っていた。皇太子妃も、初めて見る様子を演じる。
銅鑼が鳴り、扉が開いて楽が奏されると、カンナとライバを従えたスティッキィが入ってきた。一同が感嘆の声を出す。かくまうのは簡単だが、広いようで狭い城だ。どうせ噂になる。なれば、最初から目立たせて公式に囲うのが最良と皇太子は判断したのだ。
スティッキィは習った通りにゆっくりと歩きながら皇太子と皇太子妃の前に出て片膝をついて両袖を合わせ、深くこうべを垂れた。盛り上げられたその豊かな金髪に黒真珠が映えて、憧憬のため息と嫉妬の視線がいやというほど注がれる。
「サティ=ラウ=トウ帝国がストゥーリア王国の生まれにて、スティッキィ=シュターク=バーチィにございます」
これは、もう何百年も東西の交流がほとんど断絶されているため、特に庶民は互いのことを物語や風のうわさに聞くしか知らないので、そう云ったほうが通りが良いというだけで、もちろん今は帝国も王国も無いし、スティッキィは自分の名に父親の名をくっつけただけだった。
「よしなに」
皇太子が笑顔で云い、皇太子妃も極上の人形より美しい笑顔で同じく、
「よしなに」
と云った。これで、公式にスティッキィは後宮姫として認められた。後は皇太子の手が付き、皇太子妃が認めると第四夫人となる。
「両殿下へ御酌を」
歌うように侍従が宣言し、最上級青磁による極上の瓶が用意される。それをライバが受け取り、スティッキィへ渡す。
スティッキィが皇太子と同妃の杯へ順に酌をし、二人がそれぞれ飲んで儀式は終了した。あとは料理が運ばれ、楽が絶え間なく奏されて歓談や舞台での舞がはじまる。
だがスティッキィの酌は終わらない。まず左列第一位の席にいる第二夫人のカルン=アトネン=ハーンウルのところへ行き、同じく名乗って酌をした。そして、緋毛氈を敷いた通路を挟んでこの真向いの右列第一位の席に第三夫人のトァン=ルゥが座っている。後は、序列ごと互い違いに左、右、左、右と後宮姫が続いており、左列に十人、右列に九人いる。スティッキィは新人なので当面は右列第十位となる。その後、御手がつくとか上位の姫や妃のお気に入りになるとかならないとかの派閥争いの結果、上がったり下がったりだ。もし、ずっと後宮にいるのならば、だが。




