第3章 5-3 撃退
怒り狂うデリナが槍を振り回してアートの脚を狙った。アートがそれを跳んでかわし、馬乗りとなってデリナを殴りつけた。デリナが槍を両手で構えて防御する。アートが手甲を再び装備し、デリナの槍の柄を掴んでその白い喉元に押しつけた。凄まじい力だった。
槍の両端が再び飛んで、鎖を鳴らしてアートを背中から襲った。アートが障壁を展開しつつ、デリナから離れた。デリナが槍先より毒を噴霧するも、アートの障壁が防ぎ、はためいて空気を対流、風をおこして霧散させる。その隙に急いで立ち上がろうとしたデリナへアートが掴みかかり、その腕をとって抱え上げると豪快にぶん投げた。
デリナが悲鳴をあげ、草むらへ叩きつけられて転がる。ドレスが破けた。なんたる屈辱!
アートが漂う毒よりカンナを護って動かない間にデリナはゆっくりと起き、髪と身体へ草や落ち葉をつけ、怒りよりも憎しみと殺気で漆黒の毒気がとぐろを巻いて立ちのぼった。
「……こんな目には、アーリーにだってあわせてもらったことはないわえ……己、名をきいておこうか……!!」
露わになった白く巨きな片胸を無様に破けたドレスよりのぞかせ、隠しもせずにデリナの声が地の底から響く。
「アートだ。サラティスのガリア遣い、モクスルのアート」
「可能性は低くとも、ダールと張り合う輩が本当にいるとは……世の中は広いものよ。だが、次の攻めはどうする? 我は、同じ手を、二度はくらわん」
「どういう手だ? 広いついでに、こういうのはどうだ?」
アートが再び虹色の障壁を四枚出した。しかし、デリナの槍を受けるとその毒を流し込まれる。ガリアの毒はガリアを侵す。
「同じ手ではないかえ」
にやり、とデリナが口元をゆがめた。
「そうかな……!?」
アートが呼吸を溜めて気合を入れると、障壁が少しずつ折り畳まれはじめた。さらに、それが二枚ずつ両手に装着される。光の楯がさらに複雑に折られてゆき、その両手には、刺まみれとなった虹色の巨大な円錐の拳が装着された。しかも……高速で回転して光をばらまいた!
「これは……!?」
デリナが眼をむく。
「楯バカアート様の、楯攻撃だ!」
アートがその虹色に光るドリル拳を振りかざし、デリナへ突撃をかました。大猪竜の胴っぱらを一撃で引きちぎる威力がある!
デリナが、さすがに避けた。勢いがあるのかアートのパンチは大降りで、虹光にまみれて後ろの立ち木につっこんだ。一撃で大木の根元が粉砕され、木屑をまき散らしてひっくり返った。
「むう……!」
瞠目したデリナは、その隙にカンナを襲おうとすら思わなかった。案の定、振り返ったアートがその右手からドリルを飛ばしてきた。カンナへ向かっていたら、背中から上半身が無くなっていただろう。
それを避けつつ、デリナは穂先をアートめがけ飛ばした。アートは難なく左手でそれを払った。元は楯だけに、穂先は凄い勢いで弾き飛ばされた。しかも高速で回転しており、毒も遠心力で弾かれ、通らない。デリナは目を細めた。防御力はまだしも、思わぬ攻撃力だ。このドリル拳に対抗するには、何かしらの陣が必要だが、陣を構える間が無い!
飛ばした右手のドリル拳が戻り、アートが、ゆっくりと両手を構え、デリナをにらみつけた。
「まさか……のこのこと敵の大将が直接やって来るとは思わなかったが……」
「ぬ……」
アートの厳しい視線に射抜かれ、デリナは硬直した。
「覚悟しろ!!」
アートの眼が怒りと殺気に燃える。再び走り込んでデリナめがけ両拳をふりかざす。足元の悪いドレス姿では、その攻撃を避けるのは至難に思えた。デリナの顔が、牙を剥き厳しくひきしまった。
なりふり構わず、デリナはドレスのすそを割き、白く艶かしい太股をあらわにして、引きちぎった。そして大股に腰を据え、人間ごときに負けてなるものかと槍を構えると、気合を入れてアートを迎え撃つ。
「ぬあああ!」
アートとデリナの裂帛の気合が重なった。
ガッギ!
槍とドリルが合わさり、力負けしたデリナの穂先が回転に弾き飛ばされるも、アートの体も崩れる。そこを、デリナの槍から大量の毒霧が吹き出た。猛毒ガスだ! たまらずアート、その真っ黒いイカスミのごとき霧をドリル拳で払う。だがデリナの毒の煙は無尽蔵に吹き出て、アートを襲った。デリナは槍をかざして、毒を操った。
「……こいつ!」
アートは息を止めて、下がらざるを得なかった。逆にデリナが追い撃つ。連続して槍を突き出し、同時に漆黒の毒が噴霧される。その毒のふりかかった草木が、たちまち立ち枯れ、あるいは腐って崩れた。
デリナの背中へ再び毒霧の翼が出現し、下段へ横薙ぎに毒ごと槍を打ちつけつつ、ばっさりと浮かび上がって、翼より黒い雨を叩きつけた。これは毒液だ!
アートが、大きく横へ飛んでそれを避けた。そのまま転がって、さらに距離をとる。
デリナはゆっくりと着地した。
だが、このまま時間をかけていては、アーリーに気づかれる恐れもある。どうするか。
と、まだ横になっているアートへ、直上から大鴉竜が急降下をくらわせた。炎を吐きつけ、気配を感じたアートが起き上がりつつ左手をかざした。ドリル拳が解除され、二枚、障壁が連なってアートを炎から護った。さらに、爪を突きたてる竜へ右拳をアッパー気味に叩きつける。ドリルが飛び、大柄だが華奢な空の主戦竜の心臓を貫いて回転が肉体を爆砕! 肉と血と骨を周囲へまき散らして、竜の胸から上が吹き飛んだ。
デリナが、ぶっ飛んできた竜の首を避けた。
その隙に、軽騎竜がデリナの前へ着陸した。アートは覆いかぶさってきた大鴉竜の死骸の片翼を引きちぎって、急いで脱出している。
デリナは軽騎竜の背中へ飛び乗った。竜が背中を屈伸、大地を蹴り、梢を揺らして飛び立つ。
「ここは引かせてもらうわえ!」
「待てッ、このやろう!」
デリナの高笑いめがけ、アートがドリルを飛ばしたが、届かなかった。
逃げたものは仕方がない。アートは追わなかった。それは、彼の仕事ではない。楯を解除し、無敵手甲も消してカンナを振り返った。
火が消えている。
「……まずい!!」
駆け寄り、恐る恐る覗き見たが、どうやら完全に解毒されたので火が消えたようだった。アートは安心のあまり、腰から砕けて座り込んだ。




