第3章 5-2 奇襲
「アーリー、こいつ、モクスルでしょお? 大丈夫なの!?」
「大丈夫だ」
アーリーがそう断言するのなら、マレッティは黙るしかない。見ると、カンナを包む火はさらに半分ほどになっていた。カンナの表情もよく見えた。オレンジ色に包まれて、よく眠っている。あの土気色に小鼻や目元が窪んでいた顔も、元に戻っている。昼まで待たずに、回復するかもしれない。
「待つ? アーリー」
「いや、楯が来た以上、彼へカンナをまかせ、出撃する。マレッティ、一気に側面を突くぞ。大王とバグルスが動く」
「分かるのお?」
アーリーが走り出した。「もうッ!」と、あわててマレッティが後に続く。
しかし、動いたという大王火竜とバグルスはサラティスへは向かわず、アーリーとマレッティを迎撃するために動いたのだった。
アートは肩をすくめて二人を見送り、それからカンナを見下ろした。そのままカンナのそばへ腰掛ける。
風が吹いて、炎がゆらめいた。
半刻もしたころか。
アートが立ち上がり、ガリア・無敵手甲を装備する。
木々が突如として揺れ、突風が吹き込んできた。アートは障壁を出して、風を遮った。あと少しで完治するカンナを風より護った。火を消させてはならない。
バギバギと音がして、木立が割れた。空の主戦竜である大鴉竜が、その漆黒の身体を深い緑にまぎれさせ、現れた。足の猛禽爪が木を削り、先端に剣のような針のついた太く長い尾が枝をなぎ払い、大きな翼でカンナとアートを覆う。だが、大鴉は二人を襲おうというのではない。その背中から飛び下りたのは、
「おやおや、こんなところで寝ていたとは!」
デリナだ! アートが虹色の壁を四枚、出現させる。
「己がお守りかえ」
デリナの白いにやけた顔と、虚空めいた眼がアートをとらえる。既に大鴉竜は邪魔をしないよう、強力に地面を蹴って上空へ飛翔した。デリナが黒槍を構える。
「己は夕べも、我が陣の端っこでちょろちょろしていたねえ」
アートは無言だった。見たこともない厳しい表情で、デリナへ集中する。
「なんとか云ったらどうだえ!!」
デリナの吐息が鋭く吐き出され、髪をなびかせ、走り込んで一気に槍を突き出す。アートが障壁を展開し、正面から受ける。虹色の光がほとばしり、衝撃でデリナが弾き返された。
「……生意気な!」
デリナは力任せに槍を突きつけ、叩きつけた。しかし、アートはびくともしない。完全にカンナを後ろに楯となっている。
デリナは舌を打って間合いをとり、大上段に手槍を振り回した。それを明後日の方向へ投げつけるように止めるや、槍の先端が外れて飛んだ。細い鎖が伸び、木の枝にひっかかって方向を変え、後ろからアートを襲う。が、アートの楯は自在に宙を舞ってそれを受けた。その隙にデリナが石突きから刺のような剣を出し、そちらでアートへ飛びかかった。が、それも、アートの楯の前には無力だった。
アートが楯でデリナを押さえつけにかかった。
デリナは後退った。穂先が独りでに動き、毒蛇じみて楯と楯の隙間からアートを襲う。四枚の楯はまるで翼だった。はためくように動き、槍先を防ぐ。すると剣の出た石突きも外れて鎖が伸び、地を這ってアートの足元をすり抜けるやカンナへ襲いかかったが、それも楯の一枚が飛んで弾いた。
「ほう……!」
デリナが感心する。槍の両端が戻る際、鎖が交差しアートの脚を絡めようとしたが、それすらも楯が地面へ突き立って防いだ。光の障壁と鎖がこすれ、ガリアの光の粒が散った。
デリナは大きく下がった。両端が戻って合体し、再び手槍となった。デリナがうれしそうに口元をゆがめた。
「己、とてつもないガリア遣いだ。己のようなものが、サラティスにいたとは。カルマ並ではないかえ……」
「なに並でもかまわないね。俺は俺の仕事をするだけだ」
「減らず口もカルマ並とは……!」
デリナが奥歯を食いしばり、槍を下段に構えた。穂先から例の毒靄が滲み出て、槍とデリナを覆ってゆく。
「これはどうだえ!!」
靄が凝縮した、まさに竜のような漆黒の毒の翼を広げ、デリナが槍を構え凄まじい速度で真っ正面から突進した。アートは楯を二重にし、それを受けた。
瞬間、デリナの槍先から、アートの虹色の障壁へじわっと黒い染みが侵食したのを見やるや、アートはガリアを解除し、体を開いてデリナの突進を辛くも避けた。
デリナは勢い余ってつっこみ、アートと位置が逆転する。
そこに、カンナがいた。
「ばかめ!!」
デリナが横たわるカンナへ槍を向ける。
「うおああああ!!」
アートは死に物狂いでデリナへ掴みかかった。まさか素手で襲ってくるとは思わずに、デリナは虚を衝かれた。長い波うつ黒髪を捕まれ、引きずり倒される。
「……無礼な!!」




