第1章 6-2 タカンの村
「私の領地である村までの辛抱だ。着物などをあつらえてあげよう。それから通行手形も、私の名前があって私と一緒なら幾分かマシだ」
「ご迷惑をおかけします、殿下」
サラティス語での秘密の談合で、既にパオン=ミはタカンの正体をマレッティとマラカへ告げていた。地方長官クラスに無法が通るような高位ではないが、そこそこには融通が聴く立場のはずだ。
「なんの、命の恩人にはそれ相応の対応をさせてもらうよ」
タカンの表情も一気に明るくなった。安心したのだろう。
逆に、三人の表情は硬い。緊張している。なにせホレイサン=スタルはここ百年近く鎖国状態に近く、ほとんど目鼻立ちの同じパオン=ミですらディスケル人として好奇の対象である。まして金髪碧眼、色黒に緑眼、鼻は高く奇怪な言語を話すマレッティとマラカは、人間扱いされるかどうかというレベルだった。
幸い、健脚のタカン……いや、マヒコ親王のおかげもあって、山中行はこれまで通り誰とも遭遇せずにすんだ。猟師や山岳民などがいそうなものだが……。
一回、どうしても山村のすぐ近くを通ることになり、最も緊張したが、逆に親王が、
「どれ、待っていなさい。私が新鮮な食料を入手してこよう」
などと、止める間もなく一気に斜面を下り、開けた道に出てスタスタと村へ行ってしまい、緊張は最高潮に達した。なぜなら、
「……密告でもする気なんじゃないでしょうね!?」
マレッティが殺気だった囁き声を発する。
「待て、落ちつけ。様子を見るのだ」
そういうパオン=ミも、声が硬い。
「……拙者が後を着けましょうか!?」
「いや、我がガリアのほうが良い……既に殿下の後ろにつけてある」
さすが、呪符の変化した警戒索敵用の鼠や雀が、もうマヒコ親王を追っていた。
「パオン=ミ殿、かの御方の場合、密告などよりうっかりのほうが恐ろしいのですがね」
それは、たしかに。パオン=ミは唸った。
「信じて待つよりほかはあるまい」
それから一刻半、すなわち三時間弱をじりじりと待っていると、親王が帰ってきた。
「やあ、すまない……うっかり身分を明かしかけたら、村長が泊まって行けだの、代官に届け出るだの云いだしてね……」
やはり。三人は顔をしかめた。危うく、余計な騒動になるところだった。
「どちらにせよ、殿下がこんなところをお供もつけず、街道も通らずウロウロしているのが知られてしまいましたぞ」
「ううん……ま、そうだろうけどもね、たぶん、大丈夫だよ。明日には私の領地の村だし、実は私が一人で山の中をウロウロするのは、この国じゃ有名なんだ……厄介がられてるけどね……」
それはそうだろう。考えてみれば、臣下にとっても迷惑な話だ。
「とにかく、食事をもらってきたよ。四人分もらうと怪しがられるから、一人分と、あとは保存食になってしまったが、我慢してくれ給え。あ、私は、実は村で食べてきたんだ。どうしても歓待したいというものでね」
高位の者ということで、こんな山村では貴重な白米の握り飯が二つと、あとは干柿、それに玄米の干飯と味噌玉だった。後者は湯で戻すと意外にうまい飯と具無しのミソ汁になる。
「君たちには食べ慣れないかもしれないが、無理をしてでも食べることだね。そのうちに慣れるよ」
マレッティはしかし、干柿は高級なドライフルーツなのでとても気に入ったのだった。
そして翌日の昼過ぎ。
いよいよタカ=マル宮家の飛び地であるカノ村に到着した。
山間のけっこう大きな村で、森林資源や農作物が宮家の重要な収入源だという。米も宮家で試験栽培し、大きな水田があった。まだあまり収穫量が望めないのだが、少しずつ寒冷地用の米が出来上がりつつあると親王が云った。また、警護のため宮家直臣の武士団も駐屯していた。古風な装いの、秘境村だった。
「やあやあ、やっと着いた着いた。まずは、御座所にどうぞ。客人として迎えよう」
親王が現れると、村人が次々にあいさつに駆けてきた。よく訪れるので、顔が知れ渡っている。みな、ぎょっとして後ろの三人を見つめたが、親王が何かしらホレイサンの言葉でいうと、人が変わったように笑顔になって、どうぞ、どうぞといざなう。
「へらへらして、気味の悪い連中ねえ……」
マレッティが遠慮もなく嫌悪に顔をゆがめた。
御座所は、親王家の人間が来たら泊まる専用の屋敷だった。とうぜん、かなり立派だ。村長の家より大きいし、無人でも常から警護の武士が帯刀し棒をもって周囲に立っていた。
「さあさ、遠慮せずに入ってくれ給え」




