第1章 2-1 風呂
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塔からつながる増築された二階建ての建物には、カルマの事務所や倉庫、使用人たちの居室があった。その中に、サラティス名物の風呂もあった。サラティスの豊富な地下水を沸かしたもので、街中には公衆浴場も多い。バスクたちは風呂好きと相場がきまっており、サラティスいえばバスク、バスクといえば風呂だった。
カルマの風呂は彼女たちカルマ専用のもので、広く深い。湯もたっぷりと常に新しい白湯が用意されており、好みで香料も入れることができた。塔で雇われている下女たちにウガマールの麻の服を脱がされ、それは洗濯と補修に回された。もっとも返って来なかったので、じっさいは捨てられて新しい服が用意された。
ウガマールを出てほぼ一か月。カンナは初めて服をぬいだ。自分の薄汚れた色黒い肌とは対照的な、やたらと白く豊満なマレッティの裸体にカンナはどぎまぎし、すぐにメガネを外して、見ないようにした。
浴場の扉が開けられると、蒸気が脱衣場になだれ込んできた。カンナはその熱気に驚いた。
「うわっ……お湯ですか!?」
「お湯よお! あっ、ウガマールは水浴びしかしないんだっけえ? あついものねえ。ここはお湯よお。気持ちいいわよお。……なにやってるの?」
「見えないんです……」
カンナは眼を細くして、手さぐりのへっぴり腰で歩いている。
「さ、洗ってあげるわあ」
洗い場で、バラの香料入りの高級石鹸と海綿で、カンナはマレッティと下女に、もみくちゃに洗われた。汚れが落ちると、意外に白い肌が現れた。ただし、マレッティのような薄い肌地ではなく、濃い乳白色に近い、白漆喰か大理石めいた独特の深い白だった。それが、黒鉄色の髪とあいまって、見た事も無い民族だとマレッティは思った。
「カンナちゃん、ほんとにウガマールの生まれ?」
「ええと、いやっ、あの……都市から外れた、すっごい奥地のムラなんです。きっと知りません」
「……むだ毛もぜんぜんないのね。うらやまし」
マレッティは桶をとり、わざと乱暴に湯をカンナの頭からかけた。
「先にはいっててえ。あたしもあらっちゃうからあ」
マレッティが下女に身体を洗わせている間、カンナはおそるおそる爪先から大きな湯船に入った。水浴びは好きだったが、湯に浸かるのは生まれて初めてだった。そんなに熱くはなく、腰から肩まで湯に浸されると、
「ふぇああぁあ」
変な声が出て自分でもびっくりした。
髪を上にまとめたマレッティも湯へ入ってくる。大きく伸びをして、ため息をついた。
「あーああ、気持ちいい。あたしはストゥーリアの生まれなの。向こうもお風呂に入る習慣は無いのだけど、こっちですっかり、虜よお」
「そうですね。これは気持ちいいです」
「ねえ、カンナちゃん」
「はい」
「カンナちゃんはどうしてバスクに?」
「え……」
どうして、とは思わぬ質問だった。
「だって……ガリアが……ガリアの力があったから……」
「ガリアをつかうからって、必ずサラティスでバスクにならなくちゃならない理由はないじゃなあい。それに、ウガマールだって竜退治はできるんでしょ?」
「それはできますけど……そういう、マレッティさんは?」
「マレッティでいいわよお! マーレちゃん、でもいいけどお」
「え……じゃ、あの、マ、マレッティは?」
「あたしい? 知りたい~? あたしはねえ……」
そこでマレッティは突然黙りこみ、陰鬱な顔をみせた。カンナがその横顔に眉を寄せ、目を細めた。
「あたしは、お金のためにサラティスに来たの。そしてバスクになった」
「お金……」
意外な答えが返ってきて、カンナは言葉が続かなかった。