第1章 3-1 森の歓待
他の連中はいかにも余所者を見る目で三人をにらみつけており、ドゥイカだけが笑顔だが、作り笑顔なのは見てわかる。マレッティたちは片眉を上げ、ちらちらと互いを見合うだけで無言だった。
鋭い声で、大きなカラスが鳴いた。
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そこから半日ほど歩いてすっかり周囲が暗くなったころ、ようやく隠れ里めいた森の中の開けた集落にたどり着いた。だが、そこも村というより基地の一つというか、竜や家畜を飼いながら移動する途中途中に点在する一時滞在所なのだという。
「それが、われらフローテルの生き方だ。サティラウトウも、ガルテアーン(彼らの概念で、ここ竜側の土地のこと)も関係ない。ここ百年はこっちで暮らしているが、また向こうに戻るかもしれない……どっちにしろ、北竜属に従う。当代のダールは、ホルポス様だ。ホルポス様とは、十年ほど前に盟約を結んだ。基本的にカルポス様から引き継いだ内容だ」
集会所のような大きな建物へ案内され、囲炉裏と焚火の前に竜革の敷物があって板の上へ直に座る。そこで、ドゥイカが三人の横へ安座で座ってそう云った。
「いま、この集落には女子供も合わせて三百人ほどいる。こういう集落が、あちこちに十ほどもあるから、我ら全体で三千人はいる。主に毛長竜を飼っているが、北角鹿も飼う」
北角鹿とは、トナカイやヘラジカのような動物と思えばよい。だが、主戦竜と見まごう大きさになる、尋常ではない巨大鹿だ。
「その集落ごとに、部族として分かれておるのか?」
パオン=ミが興味を持って質問する。マレッティは興味がないので、自分らを値踏みするように遠回しに座っている男たちを逆にジロジロと観ていた。マラカは無言で、いざというときにここからどう逃げるかを、ずっと脳内でシミュレーションしていた。
「ちがう。あくまで、フローテルは一つだ。たまたま、放牧で分かれているにすぎない。年に二度、一か所に集まって祭りと集会をやるんだ。そのときに、好きなように入れ替わる」
「ほう……」
と、この集落の責任者が現れた。壮年の、がっちりとした筋肉質の体格で髭が長い、いかにも部族長という風貌の男性だ。
ここからは、いちいちドゥイカが通訳したが、便宜上それは省く。
「ホルポス様から伺っている。よく来られた。客人として扱おう。私は、ここを預かっているゲルンだ」
パオン=ミたちも自己紹介する。ゲルンは、マレッティに注目した。
「モイレ婆さんの面影がある……私らが向こうにいたころ、たまにトロンバーやスターラに移り住んだものがいた。その子孫がこうして私らの元を訪れるとは……これもバスクーンガィのお導きだろう」
バスクーンガィとは、彼らの神話に残るバスクス……ガリアムス・バグルスクスのことだ。北皇竜神のさらに上位の神として、彼らは厚くバスクス信仰を持っている。この竜世界では、完全に異端だった。
「それに、サラティスまで行っているモールニヤが世話になっているとか……これはとても、奇遇なことだ! おい」
ゲルンが手を上げると、若い女たちが、木樽に入った酒をもって現れた。しゃもじめいた柄杓で茶碗のような木のカップに移されたのを見ると、透明で独特の臭いがある。鹿の乳から造った蒸留酒だという。
「客人の幸運を祈念して!」
男も女も、集まっているみながいっせいに茶碗杯を掲げる。フローテルらは一気に飲んだが、三人はあまりの獣臭さにおそるおそる口にした。
「…………」
獣臭いといっても、竜肉の金属臭よりはずっとマシだったので、そっと口に含める。口へ含んでみると不思議と獣臭さが消え、さわやかな乳の香りと薄甘い味がひろがったので、うまいと思った。三人とも酒には強かったので、そのままゴクゴクと飲み干す。その飲みっぷりが、彼らの気に入るところとなった。これを一気飲みできるものは、もうフローテルだ。
素朴な笛や太鼓が鳴り、聴いたことの無い不思議な音階の歌を歌うものもいて、宴はたちまち盛り上がった。どこかで大量に造っているものか、とにかく酒がどんどん出てくるし、竜肉やその巨大鹿の肉の焼き物や汁もどんどん出てきた。サラティスの食べ物に比べると特別うまくもないが、スターラの料理よりはうまい。特に竜肉は、どうやってあの妙な金属臭を消しているものか……竜の肉はこんなにうまかったのかと思うほどのうまさだった。竜肉としては、だが。
「お三方、今日はもう暗いし、仕事の話は明日ということで……どうか、旅の疲れを少しでも癒してください!」




