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ガリウスの救世者  作者: たぷから
第7部「帝都の伝達者」
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第1章 1-6 赤土

 「マレッティ……暗い……暗いわ……ねえ……お父様が……お父様が死んで……しまったの……よ……」


 「や……めて……来ないで……」


 もう、だめだ。マレッティは恐怖に失禁した。ガクガクと震え、闇の中をなんとか後ずさった。


 幽霊か? これが、カンナやスティッキィがスーナー村で見た亡霊というやつなのか!?


 そして、母親がゆっくりと屈んで闇の中で泥だらけの氷めいた手をひたり(・・・)とマレッティの頬につけ、同じく死体のように冷たい肉感がのしかかってきたとき、話に聞いている実態のない幽霊とは違うことが嫌というほど突きつけられ、マレッティの恐怖は頂点に達した。


 「……!!」


 悲鳴が自然に口から出たが、素早くビーテルがその口を押さえつける。マレッティは恐怖のあまり火事場のバカ力で暴れたが、それすら母親は恐るべき膂力(りょりょく)で封印した。


 母親の口が、耳元に近づいた。

 「……マレッティ……いい子だから……教えてちょうだい……」

 マレッティ、背筋に氷をつっこまれた気分だった。気が遠くなる。


 「あのカンチュルク(・・・・・・・・)人の乗る竜は(・・・・・・)……どこにいるの(・・・・・・)……?

 「……!」

 ビーテルが突き飛ばされて、泥の上に尻もちをついた。


 マレッティの光輪が幾つも煌々と頭上に出現し、周囲を真昼がごとく照らしつける。その真下のマレッティの顔が、怒りと殺意に燃え上がっていた。


 「やっぱりあんたは母さんじゃない……母さんが、パオン=ミの竜のことなんか知ってるはずない……何者なのよ……あんたはあああ!!」


 精神と共にガリアが復活する! まるで光剣めいて輝く円舞光輪剣(えんぶこうりんけん)を振りかざし、微塵の容赦もなくマレッティが突きかかった。


 だが、やはり、止まる。


 泥まみれの母親の顔が……その顔が、五年前に自分がストゥーリアの安アパートの一室でスティッキィと一緒に殺した「その時」と同じ……自分ではなく、自分の方向をただどことなくみつめ……ニタニタと笑っているそのままの顔で、そこにあった。


 「クゥウ……!!」

 マレッティは息が詰まるかと思った。

 「ウアアアア!!」


 目をむいて、母親を直視し、光輪剣を袈裟に叩きつけた。

 血ではなく粉塵が噴き出て、ビーテルは見る間にぼろぼろと土へ戻ってしまう。

 「ウ、ウ、ウ……ウウウ……ウウウウウ!」


 マレッティはうつむいてしばらく母親の姿をしていた土塊を唸りながら見つめていたが……やがて涙をぬぐい、怒りをたたえた精悍な顔つきとなって顔を上げた。その目は、怒り狂っている。


 「ガラネルだか……なんだか知らないけど……あたしの心を(もてあそ)んだ償いは……させてやるわよ……木っ端微塵に切り刻んで、グダグダに磨り潰してやる……!!」


 だが、現実はもっと非情だ。恐怖で漏らしてしまった……寒風に身震いする。その恥ずかしさに、身もだえして怒りへ転嫁する。


 とにかく、テントへ半身を潜りこませて荷物より素早く着替えを出し、防寒用の中ばきと下ばき、それに旅装の頑丈なパンツを着替えると、汚れ物は近くの沢で洗い、手近な木の枝にかけて干した。


 「こんなの……誰にも見せられない……!」


 とも思ったが、あの二人に隠せおおせるものでもない。素直に、恐怖に打ち勝った証とでもするしかない。


 しかし二人は朝になっても帰ってこなかった。気温は低かったが山から吹き下ろす寒風がやたらと乾燥しており、洗濯物は乾いてしまっていた。マレッティは普通にそれを取りこんでたたんで荷物へしまい、何食わぬ顔で二人の帰りを待った。


 やがてパオン=ミが緊張した面持ちで戻ってきたが、何も発見できなかったとすまなそうに口にした。


 「面目ない」

 「いや、それが……」


 云いかけて、急に現れた気配に振り返ると案の定、マラカがニヤニヤして立っている。


 「おどろかそおったって、そうはいかないんだから!」


 「マレッティ殿、流石ですね……拙者はずっと消えた足跡を探っておりましたが、これ、この通り……マレッティ殿が倒してしまったようです」


 マラカが、テントの近くで盛り土のようになっている、人間一人分の量の赤土を指で示す。パオン=ミも、この土がガラネルのガリアの力より生まれた死者だと理解した。


 「マレッティ、おぬしが?」

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