第3章 4-2 デリナ
低い、凍てついた声がした。真夏の夜に、そこだけ冬が来たかに背筋が寒くなった。振り返ると、何も見えない。まったくの闇だった。恐ろしさもあり、カンナはガリアを出し、黒剣が一気に放電してその姿を浮かび上がらせた。
プラズマ光に佇むのは、大理石じみた真っ白い巨大な胸元も露わな漆黒の絹のドレス、ゆがんだ大黒真珠が一粒その胸に首飾りとして光り、カンナと同じく長い艶やかな黒髪は波うって、睫毛の長い黒の瞳は虚無めいて底が見えない。鼻筋が低く愛嬌のある丸い顔だちだが、死人よりも白かった。唇を染める紅まで濃い赤紫だった。背はアーリーほどではないが十七、八キュルトはあり、やや細身で手足が長くまるで幽鬼がごとく気配もなく佇む。
カンナは本能で恐怖を感じ、声も何も出なかった。いや、冷や汗だけどっと出た。
「己が噂のバスクスかえ……待っておったぞ」
キ、キ、キ……と、蝙蝠の化物めいた声で笑い、黒竜の娘、竜属のダール、デリナはその手の白く長い指を芝居じみてわきわきと動かす。
「なっ……なんで……知って……」
そこまで云うのが精一杯だ。カンナは震えるのも忘れて、その黒の化身に見入った。
デリナが音もなく動きもなく、浮遊しているかに見えて近づいてくる。奇妙な方向に構えたその両手に、真っ黒い棒が握られていると分かったのは、棒ではなくその手槍の穂先が眼前に突き出された時だった。槍のガリアだ!
息を飲み、黒剣が黒槍を受けて弾く。ギンッ! 音が鳴って、火花が散り、カンナは無我夢中で反撃した。
それをデリナが槍を返して石突きで受けた。さらにその構えからのデリナの上段正面打ちをカンナが避け、振りかぶって胴払いをデリナがまた槍を引き寄せて受けた。黒剣から稲妻が走り、デリナの槍からは黒い霧のようなものが出た。遮二無二振り回されるカンナの黒剣をことごとくデリナは受け、いったん、間合いをとった。
「剣筋は一丁前よのう」
デリナが楽しげに云った。カンナは息も荒く集中する。視野が狭窄してくる。また……またあの周囲が何も見えない感覚が襲ってくる。頭を振った。あれに呑まれてはだめだ。
(でも……おかしい……)
これまでのバグルスとの戦いと比べたら、デリナの槍術は自分の剣術とたいして変わらない腕前、そして練度に感じた。これなら、うまく黒剣の力を引き出せたならば、もしかしたら勝てるかもしれない。カンナはそう思った。殺気も少ないし、なにより竜の統率官であってアーリーのような個別に強い戦士ではないのかもしれない。そう思うと、カンナにも自信が湧いてくる。稲妻がジリジリとほとばしって、デリナの白い顔をにらみつけて集中すると、黒剣が低く鳴りはじめる。
「ほう……」
デリナがぎょろ目をむいて、目玉が髑髏のような虚空ではないことを示した。
「それが……件の……」
少なくともダールであるデリナのガリアが、ただの手槍であるはずがないことを、未熟なカンナは看破できなかった。デリナの槍の腕前が、本当に自分と大差ないと信じられる根拠がどこにもないことに気づかなかった。黒剣がガタガタと震え、低く地鳴音を発しはじめる。剣とデリナが共鳴を始めた。行ける!
「……そうはさせん!」
デリナがドレスの裾を翻して飛びかかった。ガーン! 黒剣が鳴ったが、デリナがかまわず槍を打ちつける。また黒い靄が出て、染みとなったが夜の闇で分からなかった。穂先の近くに彫刻された竜の骸骨から、その靄はしみ出た。
「……ええいっ!」
「いやあ!」
二人が剣と槍を打ちつけ合う。バッツと電光が飛び出る。デリナは顔をしかめ、一足でその雷撃から後退った。カンナの追撃。横殴りに黒剣を叩きつける。デリナが黒槍でそれを弾いた。また、靄が出る。穂先を返して突きつけるデリナの攻撃を、カンナは避けて下がった。振りかぶって稲妻をまとった剣撃。これはデリナがその剣先へ槍先を合わせつつ素早く下がった。デリナが連続で突きを見舞うが、その速度はカンナが受けられないものではなかった。デリナの槍からまた黒い靄が出て、二人とも構え直す。二人は、しばしお互いに攻撃をし合っては順番にそれを受け合った。
少なくとも今の二人は、手練の戦士が端から見ていたら、訓練か遊んでいるかのどちらかに見えただろう。しかし、カンナが必死の形相で剣を振るっているのに対し、デリナはにやにやして、じっさいに遊んでいる。明らかに本気ではない。
「ハアーッ、ハアーッ」
カンナの息がみるみる荒くなる。気のせいか、目がかすむ。にやにやと笑うデリナが二重、三重に見える。これは緊張なのか、疲労なのか?
視界の向かって右側にはマレッティの光が明滅して、大猪や大背鰭の炎が照り返す。左側にはアーリーの炎が吹き上がり、バグルスの叫声が轟く。さらに、巨大な気配が闇を押しつぶして動いた。大王火竜が山のような巨体を動かし、轟然と猛火を吹き下ろした。バグルスの他に、駆逐竜も結集してアーリーを取り囲んでいる。二人とも、いつまで持つだろうか。自分が速くデリナと結着をつけなくては。そんなことができるのならば、だが。
(な……なんだろう……眼が……眼……息が……きもちわるい)




